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誠は頭を冷やして少し良くなったせいなのか、鼻をくすぐるおいしそうな匂いで意識が戻った。
ここには誰もいないはず……なぜ?
誠は不思議に思っていると頭に冷たい何かが張り付いているのに気付いた。
「冷たい布?」
ふと顔を横に向けると、そこにはボロボロの服を着ながら食事を作っている小百合の姿があった。
誠は驚き、声を上げる。
「なんで? どうしてだ! なぜ逃げない! なぜ俺を殺さない! なんでだ?」
誠は娘に叫ぶが、今まで一度も喋ったことがない娘から返答がくるとは思っていなかった。
小百合は誠の声を聞こえて振り返ると、誠の目が開いており、意識が戻っているのがわかった。
しかし、その声を聞いて小百合はやっと現実に戻る。
その男は自分の父親ではないと……無理矢理その男を父親と思い込もうとしていたと。
小百合には自分の感情がわからない。
でもわかる事が一つだけあった。
この人を助けたい……。
理由はわからない。
でもずっとこの男を見ていたからなぜかわかる。
この人は自分と同じ様に悲しい目をしている。
自分にはわからない辛い思いをして心を閉ざしていると……。
だから助けてあげたい……。
それに、もう一人はイヤだ!
誰にも死んでほしくない。
その想いが小百合の言葉を引き出す。
「もう……誰も死んでほしく……ない。それに、あなた……ずっと悲しい目をしてた……きっと……辛かった……と思う。」
誠は耳を疑った。
自分よりよっぽど不幸な娘が自分をそんな目で見ていた事に。
小百合をよく見るとボロボロであった。
それだけで、どれだけ必死に自分を助けようとしてくれたかがわかる。
この娘に何があったかは、初めて見た時からなんとなくわかっていた。
今まで酷い仕打ちを受けてきたであろう……きっと殺したいほど鬼を憎んでいたであろう……。
それなのに逃げない……。
自分を殺そうとすらしない。
むしろ必死になって助けようとしている。
自分だけならば金を奪って逃げることも、俺を殺すこともできたであろう。
俺を助ける理由なんてないはずだ。
俺が生きていれば、またひどい目に遭わされる可能性だってあるはずだ。
それなのに、なんで俺が意識を取り戻したことに涙を流して、優しい言葉をかけてくれる……。
そうか……見返りを求めない……
相手の為に尽くすこと……
これが……愛……なのか??
「俺は……俺は……!」
誠は何とも言えぬ心でただ泣き叫んだ…
小百合はそんな誠を黙って見ている。
そして傍に来て、誠の頭を優しく撫でた。
「いい子、いい子。痛いの痛いのとんでけぇ。はい、飛んでった。こうすればママがよくなるって教えてくれたよ」
誠は思い出した。
小百合が今自分にしてくれたこと、それは誠の記憶にずっと残っていたあやふやなあの時の思い出。
自分の母親が死ぬときに、自分にしてくれたことだと、今この時全てを思い出した。
誠は泣いた……。
涙が枯れるまで泣いた。
生まれて初めての嘘偽りのない優しさを知った。
そしてーー初めて愛が何かわかった気がした……。
誠の胸にずっと残っていた小さな愛の種。
それが今になってやっと芽が生えた。
恋愛とは違う、ただこの娘を一生守りたい、幸せを見守ってあげたい、そんな優しい愛が誠の心に溢れ出したのだった。
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