鬼の国

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 そんなある日、飲食店【誠心誠意】でトラブルが起こった。  当然客商売であれば小さなトラブルは日常的にあったが、この日は特に酷かった。 「おい、てめぇ! なんだこれは!? お茶に葉っぱが混じってるじゃねぇか? あぁん?」  柄の悪そうな4人組の鬼族の内、一人が豪鬼に突っかかった。  しかし、豪鬼は怒ることはなく冷静に対処する。 「大変申し訳ございませんでした! 直ぐに代えのお茶をお持ち致します。」  豪鬼はそういうと頭を下げた。  すると、その男は持っていたコップを豪鬼の頭に持っていき、豪鬼に水をぶっかけた。 「あぁ? 直ぐにじゃねぇだろ。店長だせや店長! 土下座しろやカスが!」  その様子を心配そうな目で見つめる小百合。  流石にこれには豪鬼がキレてしまうのではないかと思った。  しかし豪鬼はキレなかった。  そして顔を上げるとその場でしゃがみ、土下座をした。  あのわがままで独善的、そして暴力でしか返してこなかった豪鬼が土下座をしたのである。  豪鬼はこの店が好きになっていた。  今ではこの店で働く事自体が彼の生きがいといっても過言ではない。  だからこそ、自分のミスで店長を出すわけにもいかないし、迷惑をかけるわけにはいかない。  プライドなんかはとうの昔に捨てた。  今の彼にとって、土下座等は大したことでもなんでもなかったのだ。 「お客様、大変不快な思いをさせて申し訳ございません。この通り謝罪させていただきます。」  謝罪を受けた鬼族は、みんなでワッと笑い出した。 「こいつプライドねぇのかよ。」 「みっともねぇぜ! だせぇ!」 「おい、三回回ってワンって言ってみろや、アッハッハッハッハ!」  そういって豪鬼を笑いものにすると、今度は土下座している豪鬼の頭に足を乗せて踏みつける。 「おい、靴舐めろや。そうすりゃ、考えてやらんでもないぜ。このチキン野郎! あっはっは」 「あんたたち! いいかげ……」  流石に見ていられなくなった小百合は駆け出そうとするも、何者かの手によって止められる。  誠だった。  誠はゆっくりと豪鬼を踏みつける客の下に歩いて行くと、帽子を外し客に話しかけた。 「私が店長ですが、この店員が何か?」 「あぁん? おせぇんだよ、くそ店長が。何かもくそもねぇだろ。この店員が出した茶に葉っぱが入ってたんだよ! どう責任とるんだ? あぁん?」  その鬼族は誠に詰め寄る。  しかし、誠は冷静に 「そうですか……葉っぱが……それは申し訳ございません。」 「そうだろ? だからどう責任取るんだよ。」 「そうですね、お前みたいなクズ野郎にお茶を出すなんて勿体なかったですね。」 「んだとコラ! もういっぺん言ってみろや!!」  誠の言葉にバカにされたと思った鬼族4人は全員立ち上がった。  しかし、誠はそんな奴らは無視して、豪鬼に話す。 「豪鬼、立て。よく我慢した。お前は店の誇りだ。」  豪鬼はいつも厳しい事しか言われない誠のその言葉に目を丸くする。 「何くっちゃべってんだよ! この店潰してやんよ! コラ!」  鬼族達は椅子を持ち上げて投げつけ、今にも暴れて店を壊そうとした。  そして誠は…… 「お前らのようなクズに豪鬼の土下座の価値はねぇ!! こいつの価値はそんなに安くねぇんだよ!」  そういうと、鬼族達の足が突如凍り始めた。 「冷た! なんだなんだ!!」 「いてぇ! 冷たくていてぇ!!」  鬼族達は冷気に冷やされ、痛みを感じ騒ぎ始める。  そして、誠はコップを手に取るとその鬼族達の頭から水をかけた。  鬼族の顔にかかった水はみるみるうちに凍っていく。 「やめてくれぇ! いてぇ! わかった! 悪かった!」  流石に鬼族達も謝り始めた。 「あ? 土下座して謝れや? お前らもそうしたんだろ? まぁお前らの土下座に価値なんて全くないがな。」  誠は冷え切った言葉を放つ。 「足が凍ってて、無理だ!」 「うるせぇ! 俺がやれっつったらやるんだよ! カスが!!」  誠はそういうと、鬼族の背中を押して無理矢理体を曲げると頭から踏みつけて、土下座させた。 「いてぇぇぇぇぇぇ!! 折れた! 足折れた!!」 「うるせぇっつってんだろ? おい、てめぇら。俺の大切なもんを二つも傷つけたんだ。生きて帰れると思ってねぇだろうな? どうせ死ぬんだ、痛みなんてほっとけや。」  誠のそのセリフに鬼族達も周りの客も全員青ざめた。 「うちの大切な跡取りの息子を傷つけた罪、そして俺と小百合が作ったこの命より大切な店で暴れた罪。死刑だ!」  誠は冷気の帯びた包丁を鬼族に突き付け、刺そうとする。  が……その刃は豪鬼の手のひらを貫通させただけで、クズ鬼には届かなかった。  豪鬼は手の平から血を流しながら誠に言った。 「店長、ありがとうございます。そして止めてすみません。だけど、店長が客を殺せば、店に客が来なくなりますし、小百合を泣かせてしまいます。ここは俺の血で勘弁してもらえませんか?」  小百合はその豪鬼の姿を見て、手で顔を覆い、涙を流した。  そして豪鬼は涙を浮かべながらもスッキリとした笑顔で 「店長……俺、力よりも大切な物がやっと見つかりました。それも二つも同時にです。俺にとってかけがえのない大切な物……それは小百合とこの店です。俺はこの店が大好きです。そして小百合に惚れてます。それは力なんかよりもよっぽど大切な物だと気づきました……俺はこの命を懸けてそれを守りたい! それ以外の力はもう俺には必要ない!」  豪鬼は血を流しながら誠に頭を下げて決意の篭った思いを伝えた。  そして誠は…… 「かぁ~!! やっと気づいたかこの鈍間め! ああ、いいよいいよ。こんなカスにお前の血の価値なんて1ミリもねぇや。頭に血が昇っちまった。つい、昔のクセでな。おう、豪鬼。こいつらの足全部折って、その辺にでも生ごみと一緒に捨ててこいや。あと帰ってきたら話があるからな!」  クズ鬼族は青ざめながらも命が助かったことに安堵するもつかの間、豪鬼に睨まれておしっこをもらした。 「はい! 店長! じゃあちょっくら川にでも捨ててきます!」  そういうと、豪鬼はその剛腕で4人の氷漬けの鬼族を担いで店を出て行った。  しかし、誠は豪鬼に向かって怒鳴る。 「馬鹿野郎!! 川にそんなきたねぇもんすてんじゃねぇ! ちゃんと土に埋めてこいや!!」 「了解!!」  そのやり取りを周りで聞いていた店の客は思った。 (それ…殺すのと同じじゃ……この店でクレームつけるのは絶対やめよう)  そう心に誓うのだった。
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