ふわふわな彼女

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 悲鳴のようにかすれた声を僕は上げた。それを聞いた彼女が、はっとしたように顔を崩した。 「あ、ごめん、違う違う」  両手をぶんぶん振って何かを否定する。 「お兄さんがあんまりかっこよくて、見とれてたんだってば」 「……は?」  人生で一度も聞いたことがないセリフを聞いた気がする。彼女いない歴イコール年齢の僕が。 「私、メガネ男子が好きでさー、おまけにあの日、白衣着たまま自転車乗ってたでしょ」  確かにあの日は一コマ目から実験で、なおかつ遅れそうだったので家から白衣を着て走っていた。 「やー、私、白衣にメガネに弱くてさ、『うわ、カッコいい! あんな人彼氏だったらなー』とか思ってたらうっかり赤信号渡っちゃって。いやー、カッコ良かったよ」  照れたように話す彼女の顔は赤い。その時の僕の姿を思い出したのか、口元が緩んでいる。 「……恨まれてないなら、良かった」  僕はほっとして逃げの態勢を解いた。理不尽な恨み方をされたのかと思った。 「で、僕の所へ出てきた、ってことは、僕に何かして欲しいことがあるのか。それが未練か」 「あー、して欲しいっていうか……」  彼女が急にもじもじしだした。両手指を胸の前で絡み合わせ、口をとがらせ沈黙する。 「どうした」 「彼氏になってくださいっ!」  彼女はうつむいたまま、大きな声で告白してきた。  沈黙があたりを支配する。車の音も、雑踏も、僕の耳に入ってこない。どれほどそうしていただろうか、先に口を開いたのは彼女のほうだった。 「ちょ、ちょっと、何とか言ってよ」 「……何を言えばいいんだ」  またも混乱しそうな頭をもう一度整理する。彼女が幽霊になったのは事故だった。死因は彼女のよそ見。その時見ていたのは僕。カッコよくて見とれて、それで彼氏だったらいいなあと思って――。  整理しても理解が追い付かない。何だこれは。僕はこの告白を受け入れればいいのか。いや待て、落ち着け。まず幽霊という要素を除くにしても、そんな簡単に受け入れていいものなのか、告白は。 「待ってくれ、僕はまだ君のことを何も知らないぞ」 「君じゃなくてシオリ。星崎シオリ。お兄さんは」 「マサキだよ、倉本マサキ。いや、そんなことより」 「彼氏になってくれる?」  上目遣いの顔が近付いてくる。心臓は早鐘のように打つ。こんな風に積極的に迫られたことは今までになかった。というか、よく考えたらこんな近距離で女子と話したことだってろくになかった。幽霊という異常事態で頭から抜けていただけだ。それが今、告白というシーンに伴って、初めて僕の目の前に現れて、どうしていいかわからない。 「は――」  返事をしそうになって、重大なことに気が付く。 「おい、僕が了解したら、成仏して消えちゃうんじゃないのか」 「――そう、だと思うよ、たぶん」  彼女はきょとんとして答えた。 「だってそもそもそれが目的じゃん」 「あ、いや、そうか」  そうだった。でも、ちょっと待て。 「それって、成仏したらその瞬間に僕が失恋ってことじゃないか」 「んー? そうかも? でもいいじゃん、私は成仏するから」 「ダメだダメだ、絶対に了解しないぞ!」  僕は踵を返して、アパートに向かって歩き出した。 「待ってってばー」  彼女が追いかけてくる。 「ねえ、彼氏になってよ」 「だいたい、君が気に入ってるのは僕の外見だろ。そんな浮ついた――」  ふと立ち止まって彼女を見る。浮いている。 「そんなふわふわした理由で告白されたんじゃ、了解できない」 「ちょっと、どういうこと……あ、友達から、ってヤツ?」 「え?」  今度は僕が戸惑う。 「『君のことを何にも知らない』って言ってたでしょ。その通りだし、私もマサキのことを何にも知らない。じゃあ友達から、ってことでよろしくお願いします」  彼女はぺこりと頭を下げた。 「んで、ちゃーんとマサキのこと理解したら、彼氏になってね」 「おい、まさか居座る気か。自分の家だってわかるだろ」 「私のこと見えるのマサキだけなんだもん」  シオリは僕の周りをふわふわと楽しそうに回って、僕は――結局そのお願いを了承するしかないのであった。 《了》
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