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「どうだ、何か思い出しそうか」
「んー……」
彼女は門やら塀やらを眺め、それからフラフラと塀を越えて中へ入っていった。
僕は塀にもたれて考える。
幽霊、ってことは、本人は死んでる可能性が高い。昨日現れた、ってことは、死んでから間もないってことだ――おそらく。これは違うかもしれない、幽霊化するタイミングなんて誰も知らないのだから。だが、制服は時期も含めて今のものだし、そう遠くないだろう。あとは死因か。病気か事故か、あるいは――。
彼女がなかなか帰ってこない。僕がスマホの時計を見ると、すでに三十分は経っていた。
あまりこんなところに長くいると変質者扱いされそうだ。そう思って、道の向こうに見える喫茶店に入ることにした。
その喫茶店は大学に行く途中にあるため、普段からたまに利用している。
中に入るとマスターに軽く会釈しつつ、いつものカウンターでなく、高校が見える窓際に座る。
コーヒーを注文してから、続きを考える。
では未練は何だろうか。何かあるのは間違いないが、こればかりは手掛かりがない。何かやりたいことでもあったか。三年生なら行きたい大学があったか。打ち込んでいる部活や趣味があったか。そのほかに恋愛も考えられる。
机に置いたスマホを何とはなしに睨みながら考えていると、「お兄さん、分かった分かった!」と急に耳元で声がした。
「うわっ、急に」
声を上げてから、口を手で押さえ、スマホを手に取る。
「ごめん、今喫茶店の中だからちょっと待ってくれ」
そうスマホに向かって話すと立ち上がり、急いでレジに向かう。
「お兄さん、私、『星崎シオリ』だったよ!」
彼女は隣で嬉しそうに報告してくるが、今は無視を決め込む。
「何かねえ、事故だったみたい。交通事故。高校前の横断歩道でさ、トラックにドーンって」
自分の死因だろうに、妙に明るく話す。六〇〇円です、というウェイトレスの声に小銭を出し、レシートを断って僕は外に出た。
「事故?」
「うん。救急車とか来て大騒ぎだったみたいで、みんな結構話題にしてた。ちょうど一週間前」
僕はちょうどさっき渡った横断歩道のわきに立つ。
「ここか?」
「だと思う」
「で、何で事故ったって?」
「よそ見みたい。私が。赤信号なのにふらふら出て行って」
「何を見てたんだよ」
「えーと……」
彼女は、赤信号なのにそのまま横断歩道を渡りだす。
「お、おい……」
と止めかけて、彼女が幽霊だったことを思い出す。
行きかう車は彼女の体をすり抜ける。彼女はあちこちを見回し、つい、と一方を見て止まる。それからゆっくりと僕のほうを見た。
「お兄さんだ……」
「へ?」
彼女は僕のほうへ戻ってきて、じっと僕の顔を見た。さっきまでのうれしそうな顔でなく、真顔だ。
「お兄さん見てて、私、事故ったんだ」
「ぼ、僕?」
どきり、と心臓が高鳴る。僕が彼女の死因? それで恨まれたとでもいうのか。
「何で? 心当たりはないぞ」
じり、と僕は思わず一歩下がる。
「待て、そう言えば……」
ふと一週間前のことを思い出す。大学に向かってこの道を自転車で走っていた時、後ろのほうで何か騒ぎがあった。ただ僕は急いでいたし、ちらりと見て何だかわからなかったから、そのまま大学へと向かったのだ。
「あれが事故で、君だったのか」
「そう、あの時、お兄さんを見てて、それで……」
「それで僕の所へ出てくるのは筋違いだろう!」
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