ふわふわな彼女

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 最初の混乱を乗り越えて、僕はやっと落ち着いた。  何しろ目を覚ました時、全く見ず知らずの女の子が僕を覗き込んでいたのだ。その上、ふわふわと浮いているではないか。落ち着くまで一時間以上かかり、今日の大学の講義は諦めるという結論に達してもおかしくないだろう。 「よーし、状況をまとめようか」  僕はメガネをかけてベッドに座り、まだ起き抜けのボサボサ頭を掻きながら言った。高校の制服を着た女の子は、目線の高さで正座をしながら頷く。 「名前は?」 「分かんない」 「いつからここに?」 「昨日というか今日というか、の夜から。気がついたらこの部屋のベッドの上に浮かんでた」 「幽霊……だよな?」 「と、思うよー」  女の子はふわりと近づいて手を伸ばし、肩のあたりで腕を振る。スカスカと行き来するだけで、何の感触もない。 「で、君は僕のことを?」 「知らない――と、思う」  ちょっとだけ、躊躇うように答える。 「だって記憶がないもん。ねー、お兄さんが私の彼氏ってことはないの?」 「……ない。僕も君のことを知らない」  残念なことに、彼女いない歴イコール年齢だ。 「ちぇー」 「どうしたら良いんだ、これ……」  僕は頭を抱える。  地縛霊、ということはあるまい。このワンルームに住んで一年半経っている。今更すぎるだろう。 「アレじゃない、私さ、何か未練があって成仏できないのよ」  へへへ、と笑いながら彼女が言う。 「これも何かの縁だからさ、私の死因と、未練を探して欲しいなー」 「ああ……」  うん、何か聞き覚えがあると言うか、ありそうだよな。あるあるだ。いや、あるあるって言うほどあっても困るが。 「どーしたの、お兄さん」 「……分かった、それが良い気がする。よし、ならすぐに出かけよう」  僕はベッドから立ち上がった。訳の分からない状況は、早く脱するに限る。善は急げだ。 「きゃー、お兄さんカッコいい!」  手をパチパチと――音はしない――して、彼女は喜んだ。  僕は手早く支度をする。寝巻きを脱ぎ、ズボンを履こうとして、はっと彼女を振り向いた。彼女はニヤニヤしていた。 「お兄さん、トランクス派なのね」 「ちょっ」  僕は慌ててズボンを上げる。親と男友達以外に見られたのは初めてだ。恥ずかしさで顔がカッとなる。 「し、しばらく出ててくれっ」 「ほいほいー」  彼女はすいっと泳ぐようにして、ドアをすり抜けて出て行った。  もしかしてドアを開けたらいなくなってるんじゃないかと思ったが、そんなことはなかった。  手すりの外、ここは二階だから、明らかに宙に浮いて僕を待っていた。 「おーそーいー」 「十分くらいだろ」  それからふと、彼女の下の駐車場に、歩く人の姿を見る。 「なあ、パンツ見えるぞ」 「えっ!」  彼女はちょっと下を見ると、足をかがめてスカートを手で押さえた。それからふよふよと僕の方に来る。 「えっち!」 「僕は関係ないだろ。行こう」  アパートの階段を降り、歩き出す。 「その制服、近所の高校のものだ」 「そうなの」  彼女は左側に、ちょっと浮いて付いてくる。 「ああ。大学に行く途中で毎日その制服の子達とすれ違うからさ」 「へええ。よく見てるんだ、女子高生」 「そうじゃない。変なツッコミはやめてくれ」  それから、今すれ違った人が変な顔をしていることに気がつく。 「いけね、君の姿、どう考えても僕以外に見えてない。話してると怪しい人にしかならないぞ」 「スマホ持ってる?」 「――持ってるけど」 「耳に当てて、話してるふりしてよ」 「なるほど、頭いいな」  感心しつつ、スマホを取り出して耳に当てる。 「えへへ、そんなこと言われたことないから嬉しい」 「言われたことない? 記憶があるのか」 「えっ、ん?」  彼女は首をひねる。 「んーん。何かそう思っただけ」 「ふーん」 「あっ、疑ってるな、その目は」 「そんなことはない」 「本当に記憶ないんだってばー」  そんなやりとりをしているうちに、僕たちは高校の近くまで来た。  下校時刻にはまだ早い。たぶん授業中だろう、門の付近に高校生は誰もいない。
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