2輪目

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2輪目

「星羅ちゃん、かぁ〜…」 家に帰る途中で一人で呟く。赤く染まった空を見て、彼女のことを考えていた。綺麗な目をしていたのを思い出すと胸がドキドキする。 あまり英語が話せないのは残念だな。きっと、政府があまり教えたがらないんだろう。 それなら、私が中国語勉強しようかな。そうすれば、きっともっと星羅ちゃんと話すことが出来るし、色々聞けるよね。今度本屋に行って中国語の参考書でも探してみよっと! 「あら、夏輝じゃない。どうしたの? そんなにスキップして。何か嬉しいことでもあったのかしら〜?」 るんるんしながらスキップをしながら歩いていたら、後ろからお母さんに話しかけられた。スーパーの袋を両手に持ってニヤニヤしながら私に近づいて来た。 「そうだよー! ちょー良いことがあったんだから!」 「あら、それは後で聞かないとね! 今日はお父さんは遅くなるって言ってたから、先に夕飯食べちゃいましょ!」 「うん!」 真紅に染まっている空をもう一度見上げて、また来る明日のことを考えたら胸が踊った。こんな気持ちになったのはいつぶりだろう。高鳴る胸を抑えつつ、お母さんと手を繋いで家に向かって帰った。 翌朝。 いつもより早く目が覚めた私は、足取り軽く学校へ向かう準備をした。昨日とは打って変わった自分に驚くよりも、こんなにも学校を楽しみにしているのはいつ振りだろうと思った。 「じゃ、行ってきまーす!」 「はいはい、気をつけるのよ〜」 お気に入りの靴を履いて、玄関にある全身の鏡で最終チェックする。今日も、星羅ちゃんに会えるかな。昨日ネットで少し調べた中国語で会話出来るといいな。 「……よしっ」 学校指定のカバンを手に持ち、玄関の扉を開けた。昨日と変わらない強い日差しが照りつけている。 しかし、昨日とは違い今日は楽しみがあるから、そんなことは気にならない。そう思うと何だか足が軽く感じる。 (早く、会いたいなぁ。) 学校に着くと、そこには大きな人集りがあった。同い年くらいの子達が集まっているけど何があったんだろう。 不思議に思い、近づいて覗いてみるとそこには星羅ちゃんと彼女と同じ服を着た男女が集まっていた。 (あれは…四国の交流団の子達…?) 見た目的には私とそんなに変わらないと思うが、何処と無く異国溢れる雰囲気を持っているように感じる。それに、彼らは向こうの先生たちと一緒に何か話しているようだ。 加えて私達の学校の先生も一緒にいる。先生同士が会話しているのを見た後、その先生が生徒たちに話していた。きっと、通訳でもしているのだろう。通訳が珍しいのか、中国語が珍しいのか、こっちの生徒たちはジロジロ見てコソコソと話している。 「……本当に中国語話すんだね。なんか、変な感じ」 「だよね。何で英語が分からないのかしら。世界の共通語なのに」 「さあ? 自分達の人口が多いから話す必要ないと思ってるんじゃない?」 「確かに。それはありえるね。あんな国に生まれなくて良かったー」 大げさにため息をついているのを見ると心底イライラする。私は小さく舌打ちをして教室に向かおうと足を再び動かした。すると、聞こえてしまったようで彼らの敵意は私に向いた。 「うっわ。日向に舌打ちされたぁー」 「マジで? あいつ、本当に最悪だよなぁ。天才って、人の気持ちが分からないんじゃねーの?」 「確かにー!それ言えてるよー」 キャハハと下品な笑い方をしている女子と男子は私に聞こえるようにワザと話しているように思えた。頭に響く彼らの笑い声はいつもの事。 こんな人達と言い合いしても意味がないと思い無視して教室に向かった。が、しかし。 「ね、ねえ。あなた達、そんなに偉いの?」 「はあ? 何、お前。あの天才をかばうの?」 彼女達のふざけた話を咎めたのは意外な人物だった。 「星羅、ちゃん……?」 彼女は先ほど一緒にいた先生達の元をいつの間に離れたのか、勝手に噂をしていた奴らの前に立っていた。遠くからしか見えないが、堂々とした立ち姿で彼らに向かって英語で話しかけている。 「人を、バカにして、楽しい?」 「は? 意味わかんねー。お前、英語話せないのに何言ってんの? 意味わかりますかー?」 無視されたのが嫌だったのか、イライラしながら話す男の子は薄ら笑いを浮かべて彼女を見ている。彼の周りにいる子達もクスクスと笑いながら口の端を上げている。それに対しての彼女の反応は何もない。じっと彼の目を見つめているだけだ。 すると、いつの間にかいなくなってた星羅ちゃんに気づいた先生達は慌ててこちらまで走って来た。 「コラー! お前達、何してるんだ!」 「やべえ! 先生が来た! 逃げろ!」 案内していた先生が彼らを追いかけて行った。私は置いてけぼりにされて、その場に立ったまま。私も怒られるのかなぁ、なんて他人事のように考えていた。すると、通訳していたと思われる先生が彼女の元へと行き、目線を合わせて何かを話していた。そして、私の方へ向き直って英語で話し始めた。 「ごめんね。何か巻き込んだみたいで。あなたは大丈夫だった?」 「…いえ、いつものことなので」 「そっか」 短く返事したその先生はそのまま彼女の手を引いて戻ろうとした。彼女は一度こちらを見て付いて行った。 「あ…あの、谢谢!」 彼女にお礼を言わなければと思い、昨日少し勉強した中国語で頑張って声に出した。発音も下手くそかもしれないけど、それ以上に感謝の気持ちを伝える必要があると誰かが言っていたのを思い出したのだ。 すると、彼女はクルッと振り返って、目を大きく見開く。先生も一緒に振り向いて少し驚いた顔をしていたけど、目を細めて微笑んでくれた。 彼女に関してはあの時と同じように優しく笑って「不客气!」と行って皆で歩いて行ってしまった。彼女達の後ろ姿を少しの間だけ見送り、すぐに私も教室に向かうために足を動かした。 あの後教室に行ったら、担任が私を待ち構えていた。他の子達も捕まってしまったみたいで、こっぴどく怒られたとか。 私に関しては今回は何もしていないのでお咎めなしらしい。それはそれでいいけど、いや、良くないんだけどさ。 だって、後でまた何か言われるのが目に見えてるんだよね。本当、いい迷惑だよ。こんな調子で今から授業があるとか言うんだから、嫌になるのも仕方ないよね。そう思ったら自然と足があの場所へと向かって動いていた。 「そう言えば、あの時言ってた意味って何なんだろう?」 どういたしまして、みたいな意味かな?まだまだ分からないことが多いなぁ。それに、よくよく調べたら中国語は発音がかなり難しいらしい。日本語と似たような漢字も使うから凄いよなぁ。もっと知りたいから、星羅ちゃんに聞いてみよ! そんな事を考えながら見つからないようにひっそりと移動している。 「さて、今日もいるかな〜……っと」 大きな独り言を呟きながらいつものトンネルを潜ると、見慣れた後ろ姿がいた。彼女は、初めて会った時と同じ様に体育座りをしていた。 「せ〜い〜ら〜ちゃん!」 ポンっと両肩を軽く叩くと、少しだけ肩を揺らして振り返った。私の顔を見て顔をフニャリとさせた。 「な、夏輝!」 ニコニコしている彼女を見ていると、私の心がキューっと苦しくなる。可愛いなぁ。妹がいると、こんな気持ちになるのかなぁ。私もつられて目尻を下げてしまう。 「あ、さっきはありがとうね!嬉しかったよ!」 「大丈夫だよ。私の英語、どうだった?」 「上手だったよ!あいつら、星羅ちゃんの英語に嫉妬したから怒ったんだよ!」 少し冗談めいて言ってみると、彼女は小さく笑った。クスクスと笑った後に、もう一度ひまわりを見つめ始めた。 「…夏輝は、このひまわり、何色に見える?」 横から見る彼女の横顔は先ほどとは違い、どこか切なそうな顔をしていた。目を細めて、ひまわりを見つめるその姿は、私の胸をぎゅーっと締め付ける。 「色? 黄色じゃないの?」 わざと明るく言う私に彼女は少し黙った後にもう一度口を開いた。 「……私ね、このひまわり、紫に見えるの」 「紫? な、何で?」 「分からない。……でも、どうしても紫に見えるの。自分の目がおかしいのかなって、思った。けど、何度見ても、紫色」 少し目を伏せるようにしてひまわりから目を逸らした。すると、私の方を向いて、私の目を見て聞いて来た。 「ねえ、私、変なのかな?」 その目は私の心に訴えかけるものがあった。でも、この気持ちを何と言えばいいのか私には分からない。 一瞬、息をするのを忘れていた気がする。私が黙っている間、彼女はずっと私の目を見つめていた。 「変じゃ、ないよ。人によって見える色って違うと思うんだよね。私には黄色に見えるけど、きっと、紫色に見える人もいるよ。そういうのはね、変、じゃなくて、個性って言うんだよ」 やっと出て来た声は少し途切れ途切れだった。彼女の質問に答えた私は、ひまわりの方を見た。私にとって黄色に見えるひまわりでも、星羅ちゃんからは紫に見えるんだ。 人と少し変わった感性を持っている彼女は、何だか自信がなさそうだった。 「…私、四国にいると、とても、苦しい。みんな、私のことを理解出来ないって言う。だから、初めて。そんなこと言ってくれる人。」 俯いていた彼女は私の方を見て頭を少し傾けて、花が咲くように柔らかく笑った。その瞬間、風が強く吹きつけた。懸命に咲いている花が大きく揺れる。黄色いはずの花びらが高く舞い上がった。それを見つめる彼女の姿は眩しくて、まるで昨日とは違う子のようで。 私は、高く、高く、空へ舞い上がる輝く花びらよりも彼女を綺麗だと思ってしまった私は、変なのだろうか。
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