23.それぞれの場所 3

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23.それぞれの場所 3

「立地も広さもいい感じじゃないか」 「まだこんな汚い状態で申し訳ありません。恐れ入ります」 「オープンはいつだ?」 「来週の月曜日です」 「そうか、花を届けさせよう」 「いえ、そんなCEOっ」 (かおる)は黒塗りの車から降り立つと、柊真(しゅうま)の心配をよそに美哉(よしや)の店の中に悠々と入ってきた。美哉と(じゅり)は直立不動になり、眞比呂(まひろ)伊吹(いぶき)は壁に張りついて愛想笑いを浮かべて様子を見るしかなかった。 柊真は困った顔をしながら、店の中を歩き回る薫の後をついて回っていた。 「コーヒー豆はどこから仕入れている?」 「とりあえず今はネットで取り寄せております」 「私の知り合いで、沖永良部島でコーヒー農園をしている男がいる。この時代、やはり国産の豆の方がいいだろう。味は保証する。紹介しよう」 薫は早速携帯を取り出した。美哉は慌てて言った。 「CEOにそんなことをしていただくわけには参りません、私は会社にご迷惑をおかけした身なのに、どうしてそのような・・・」 薫は不思議そうに首を傾げた。つられて美哉も軽く傾げてしまう。 「自分のやりたいことをやるために努力するという生き方は、嫌いではない。君が気にしている迷惑というのは、プロジェクトを辞退したことか」 「は・・・はい」 「確かに痛手ではあったが、誰かが抜けた穴は必ず誰かが埋めることになっている。そのために多くの社員が在籍している。会社というものはそういうものだ。君は気にせず、今やるべきことをやるといい。・・・それに」 薫は言葉を切り、柊真を見つめた。 「辻くんの残した仕事を引き継ぐ人間は大変優秀だ。安心して、新しい一歩を踏み出すといい」 柊真は薫の言葉に照れくさそうに微笑んだ。 向かい合った美哉はかすれた声で、ありがとうございます、と言って深く深く頭を下げた。 その後も薫は店中の気になったところを見て回り、足りない物はないのかと言っては美哉を困らせた。 途中、薫は眞比呂と伊吹とも挨拶を交わした。眞比呂が柊真の親友だと知って、是非今度食事を一緒に、となかなかの勢いで誘った。セクシーな美中年の誘いに、さすがの眞比呂も少しうろたえた。伊吹は心配そうに、その様子を見ていた。 「じゃあ、申し訳ありませんがお先に失礼します」 柊真は黒塗りのBMWの前で振り向いた。薫はすでに車に乗り込んでいた。 樹は美哉の後ろからひょっこり顔を出して尋ねた。 「日下部さん、出発はいつですか」                             「来月、1日かな」 「そっか・・・店オープンしてるから、見送りにはいけないな・・・」 重ねて眞比呂も言った。 「俺らも新学期始まってるな・・・柊真、気をつけて行けよ」 「ありがとう。海外は慣れてるから大丈夫。店も、学校も頑張って」 「無事に着いたら連絡して下さいね」 「うん、メールするよ。あ・・・・辻さん」 それまで黙っていた美哉に、柊真は向き直った。 そして握手を求めて両手を出した。 「辻さんと話して、美濃部(みのべ)に対する覚悟が決まりました。僕も、やりたいことに挑戦しながら、彼と生きていきます」 「日下部・・・」 「日本に帰って来た時は必ずコーヒーを飲みに来ます。頑張ってくださいね」 「ああ、待ってるよ。・・・日下部も、幸せにな」 かたい握手をして、柊真は車に乗り込んだ。窓が音もなくするすると降りて、柊真の向こう側に穏やかに微笑んでいる薫がいた。 車が静かに滑り出し、誰も何も言わずにただ手を振った。角を曲がり完全に見えなくなってやっと、4人は手を下ろした。 「あれっ、伊吹?」 4人の一番後ろで手を振っていた伊吹が、なぜか静かに泣いていた。 「ちょっと、なんで伊吹が泣くの?」 「どうしたどうした」 「寂しくなっちゃったのかな~?」 「すみません・・・日下部さんも、社長さんも、いい人だなあって・・・行っちゃったなあって」 「柊真の親友は俺なんだけどな~」 「まあまあ、いいじゃないか、せっかくだから、もう一杯コーヒー淹れるよ。飲んでいくだろ?」 「あ、クッキーもありますよ!」 眞比呂は伊吹の背中をさすりながら店に戻り、美哉はさっそくコーヒー豆を曳き始めた。樹は美哉が買ってきたお徳用の菓子が入った袋から、チョコチップのクッキーを数枚取り出して皿に並べた。           ☆ 「いい友人を持ったな」 「ええ・・・本当に、大切な人たちです」 「寂しいか」 「・・・離れるからって縁が切れるわけではありませんから」 薫は柊真の顔を自分に向けさせた。 「私は離れない」 「もちろんです。薫さんが僕から離れたら、仕事も辞めて、現地で美少年買って遊びまくりますからね」 「・・・浮気するんじゃないのか」 「それは、半年後インドネシアに来るのが遅れたら、ですよ。今は離れるかどうかの話ですよね」 にやりと笑った柊真を抱き寄せ、薫は低い声でささやいた。 「その心配はない。半年を3ヶ月に短縮することにしたからな」 「え・・・・・・えっ?!」 「美少年を買う暇は与えないぞ」 「あなたってひとはまた公私混同・・・っん・・・」 薫は広い後部座席に柊真を押し倒し、濃厚なキスをしながらネクタイを解いた。           完
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