459人が本棚に入れています
本棚に追加
5.柊真と眞比呂、ときどき伊吹
「眞比呂さん、電話なってますっ」
「えー?」
「電話!電話来てますっ」
「出といてー」
「ええええっ」
ぶるぶる震え続ける眞比呂の携帯を持ったまま伊吹は固まった。恋人とはいえ、他人の電話に出るなんて、伊吹には経験のないことだった。
携帯の画面には、日下部柊真、という名前が表示されている。
(確かこの人は、眞比呂さんの元彼さん・・・)
伊吹はおそるおそる画面をタップした。
ぷつ、と音がして、受話器の向こうから想像以上のボリュームで声が聞こえてきた。
「まひろっ?ちょっと、やばいんだけど!」
「あっ、あのっ、えとっ」
「は?なに?聞いてる?」
「あの、眞比呂さん今、手が放せなくてっ」
「・・・・・・え?」
「す、すみません、代理です」
「・・・もしかして・・・眞比呂の彼氏くん?」
「そ・・・そうです、里村といいます」
「あーーー・・・ご、ごめんなさい、ええと、日下部といいます」
電話の向こうとこちらで、ふたりは黙りこくった。
柊真が先に口火を切った。
「すみません・・・かけ直しますね」
ちょうどその時、バスルームから水を滴らせた眞比呂がばたばたと出てきた。
「ごめんごめん、電話、誰?」
「く、日下部さん、ですっ」
「あ、柊真?スピーカーにしてくれる?」
「は、はいっ」
伊吹はスピーカーボタンをタップして、眞比呂の携帯をそっとテーブルに置いた。
髪の水分をタオルでごしごし拭き取りながら眞比呂は携帯に向かって大きな声を出した。
「もしもーし、柊真?ごめん、風呂入ってたわ」
「昼から風呂?あ~、なんかごめん」
「まあ、そんな感じ~」
にやにやする眞比呂の横で、伊吹がおろおろする。確かに今日は春休み最終日で、朝からいちゃいちゃしていた。
ゆでだこになって小さくなっている伊吹の横で、眞比呂はあっけらかんと話を続ける。
「で、どしたの。何かあった?」
「そうそう、ちょっとさ、やばいことになっちゃって」
柊真はスピーカーになっているのに気づいていないのか、「やばいこと」を話しはじめた。
「やばいこと」というのは、柊真が宿泊しているホテルで出会った美濃部という男のことだった。
出会い頭に衝突し、その拍子に時計が壊れ、そのお詫びにとフルコースをご馳走になったという。
「ラッキーじゃん。いい男だった?」
「・・・そうじゃなくてさ。その美濃部って人・・・うちのグループのCEOだったんだって」
「へ?」
「最近うちを買収した海外資本のトップだったんだよ。それも、壊れた時計の代わりに、すんごい高い時計貰っちゃって・・・」
その美濃部という男は50代にさしかかるくらいの美中年で、大会社の社長にも関わらず高圧的なところもなく、柊真に対して終始丁寧に接したという。
「それがなんでやばいの?今のところ、良いことしかないみたいだけど」
「やばいって!社長にご馳走になってプレゼントされるとか・・・」
「社長サン、柊真に気があるんじゃね?」
「・・・・・・」
「おや?」
柊真が黙る。眞比呂はふふふ、と笑った。隣で話を聞いてしまっている伊吹はソファの上に正座して、携帯の画面を凝視していた。
「もしかして、当たり?」
「・・・眞比呂、どうしよ、俺・・・」
「お?好きになっちゃった?」
「・・・違くてさ・・・」
柊真は電話の向こうで大きなため息を吐いた。
最初のコメントを投稿しよう!