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6.美哉と薫
「あっ」
「あ!」
喫煙室のドアの前で、樹と柊真は同時に声を上げた。
「日下部さん!お久しぶりです!」
「淵上くん!この間はメール、ありがとう」
「お元気そうですね!」
「・・・ああ、うん。元気、だよ」
「?」
「あ・・・そうだ、辻主任は元気?」
「日下部さん、今、「辻部長」になったんですよ」
柊真が中国支社に移動してすぐ、美哉は部長に昇格していた。樹は自分ごとのように誇らしげに微笑んだ。
「そうなんだ。・・・うまくやってるみたいだね」
「・・・おかげさまで」
かつて死ぬほど焦がれた相手だった樹といても、柊真は冷静だった。時間が薬になるというのは本当だった。
「辻部長にも挨拶したいけど、今日は会えないかなあ・・・」
「忙しいんですか?」
「なんだかよくわからないんだけど、部署が変わるらしくて、ばたばたしてるんだよね」
「どこに変わるんですか?」
「それが・・・まだ聞かされてないんだよ」
美濃部と食事をした翌日、出社した柊真が言い渡されたのは部署の移動だった。
詳しくは上層部から直接言い渡されるということで、柊真には何の事前情報もなかった。
一方その頃、美哉は。
「それは・・・どういうことでしょうか」
「だから、日下部くんは今回、そちらには参加しないということで」
「今回のプロジェクトは、日下部くんが戻って来るのに合わせて始める予定では・・・」
「もちろんその予定ではあったのだが、新しいCEOの意向でね。日下部くんは秘書課に移る予定なんだよ」
「秘書課・・・?」
専務の言葉に美哉は首を傾げた。
新しいプロジェクトというのは、新事業の立ち上げだった。
そのためにわざわざ中国から柊真を呼び寄せたと思っていた美哉は、思いがけない展開に言葉を失った。
美哉は今回のプロジェクトリーダーだった。柊真の優秀さを知っているので、彼の働きを期待していた。
樹を奪い合った昔のことはさておいて。
落胆を隠しきれずに、美哉は言った。
「日下部くんは今回の企画には必要不可欠な人材です。本人もその為に呼び戻されたと思っているのではありませんか」
専務は答えた。
「辻くんの言いたいことはわかるが、今頃新しいCEOが日下部くんに直接言い渡しているところだ」
「CEOが直接・・・」
「中国支社で見たプレゼンに惚れ込んだそうだ。ということで、今回は諦めてくれ」
「・・・・・・・・・・」
柊真が戻ってくるというから引き受けた仕事だった。他にもメンバーはいるが、皆若く、不慣れな社員が多い。
美哉は専務に気づかれないよう、もう一度小さなため息を吐いた。
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