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1.お忍びティーパーティ
彼女の名前は一青恭子。市内の県立高校に通う高校一年生の女の子。キョーコには二つ離れた弟がいる。優秀な弟だ。両親は共働き。父親の提案で毎晩家族四人で食卓を囲うのをお決まりにしている。当番制で、日ごとにメニューの雰囲気ががらりと変わる。
毎日が一青シェフの気まぐれだ。
キョーコは、自分のおさげにして左右の方から垂らした髪が歩く度にふわふわと揺れるのが好きだった。小学生の頃母親に編んでもらってからのお気に入り。
昨晩の重苦しい曇天の暗闇を抱えた空から一転、清々しい青に綿あめみたいな白の奔る暖かな秋の朝。
キョーコはこの日、大好きなクラスメイト、枢木凛湖と学校をサボってティーパーティの約束がある。頬に奔る紅色は初めて付けたものだったから、可愛く見えるか心配だ。
「……リンコちゃんリンコちゃんリンコちゃんリンコちゃんリンコちゃんリンコちゃん」
ぶつぶつと何かを呟きながら、躍動する男女の像を囲んだ待ち合わせにおなじみの広場へ向かうキョーコの手足はちょっと震えている。大好きなリンコとの初めてデート。しかも、学校をサボったお忍び。
緊張しているのだろう。
「待っていてねリンコちゃんもうすぐ私と一つになれるからね」
一人の時に練習した笑顔とはかけ離れた、頬の引き攣った不自然な笑み。
視線の先に広場を捉え、肩までのボブカットと左耳の上に差したピンクの髪留めが特徴的なあの姿が視界に入った途端に赤黒い歯が覗く三日月の笑みがキョーコの紅色の空に浮かんだ。
「リンコちゃん!」
「一青さん」
息を荒げるキョーコから滴る赤い雫が、広場の地面のコンクリートタイルキャンバスに点描画を浮かび上がらせた。粘着質な筆触がキョーコの頬紅に似た色の絵を映していく。
「会いたかった会いたかったリンコちゃんねぇリンコちゃん私もう我慢できないのだからねぇ一つになって私と?えへへっ、嬉しい?私も嬉しいよ」
「私がそんなに嬉しそうに見える?」
「えっ、そ、そんなっリンコちゃんも私の事が好きだったのお揃いだね嬉しいよありがとうやっと両想いだね」
リンコと想いを交わしたキョーコはその赤に汚れた唇を、血色のいい柔らかそうなリンコの唇に無理やり押し当てた。
強張るリンコの身体に手を回し、背中を撫で落ち着かせるキョーコの手つきは狂ったように激しい。キスに伴う水音に空気の抜ける破裂音が追随し、くぐもった悲鳴と共に、半透明に赤い糸を垂らして接吻が終わる。
その赤い橋が点描画に落ちる頃には、想い人と一つになれる喜びに震え、恍惚とした表情を浮かべたキョーコが、後ずさるリンコの手を引いて唇を食み、キスのその先へ至ろうと手をまさぐった。
これはお忍びティーパーティ。
両想いの二人が学校をサボって愉しむ初めてのデート。
壊れて動かなくなってしまったキョーコの腕時計の代わりに、降る血の雫が秒を打つ。
「くふっ、あははっ」
ティーパーティは、始まったばかりだ。
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