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「私が、元の枢木凛湖に戻るには、あなたが必要だったの。私の代わりに悪魔に使われてくれるそんざ――」
――ぷつ、とリンコの声が途切れた。
数秒後には、ティーカップに深紅の紅茶を注ぐような軌道を描いた鮮血の迸る音が、その断絶を埋めるように広場のタイルを打ち付けていた。
「リンコちゃん黒い指輪だなんてシックだね二人の愛の証だよねありがとう大事にしようねデートだもんね一緒に行こうねどこがいいいきなり私の家なんてしょうがないな恥ずかしいけど行こう一緒に行こう」
往来の真ん中。首のない身体が転がっている。
右手に球状のナニカと、左手に肘から先のない誰かの腕を持った、全身からどす黒い触手が生え、瞳や舌、手の指先が赤みがかった緑に変色し始めているキョーコが、堂々と歩道を歩いている。
何人かの歩行者に肩や球体や腕や触手がぶつかったが、誰も特に反応を示さない。まるで、見えていないかのように。
キョーコの身体のいたるところから――あるいは、両手に持った誰かの身体の一部から――滴る赤だか緑だかの血の跡は、森の中にパンくずを落としていくような具合で広場から点々と歩道に零れている。だが、他の人間にはそれすら見えていないらしい。
「ただいま」
狂乱のまま、黒い靄を纏ったそれは家の扉を開ける。
生者など誰もいなくなった、一青家の中へ――。
「あは」
それは踏み入れた。
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