2.囁き――die geSammelte

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 文字通り、悪魔の囁きだとキョーコは思った。  だが同時に、そんな程度の代償で、この叶わぬ恋が――妄想の中で繋いだ手が――現実になるのなら、と淡い期待を抱いてしまった。自分の血を少し差し出すだけで、会話ログがこれからどんどん幸せで溢れていくのだ。 「……分かり、ました。私の血をあげるので、願いを叶えてください。リンコちゃんと、両想いになれますようにって、私の願いを」 「そら来た!お安い御用さ。じゃあ、契約も交わしたところで――」  どう頑張ったって、自分にはリンコの隣を歩く未来は来ない。そもそも住む世界が違うのだから。せいぜい、こうして連絡先を聞いたくらいで満足している今がお似合い。誰が見ても叶いっこない恋。  そんなのは、嫌だ。自分に向けられたあの微笑みをもっと見たい。  もっと、もっと。  そのためなら、注射器一本とは言わず、いくらだってこの血を捧げられる、とキョーコは考えていた。 「食事の時間(ディナーパーティ)だ」 「んっ!?んむっ、あ……!」  キョーコがメルトに約束したのと同時に、メルトはキョーコの口の中に無理やり入り込んできた。一瞬の事で、混乱するキョーコは、全身を重い鎖が縛り付けるような強い痛みに喘ぎ、じたばたと手足を動かしたが、メルトを止める事は出来ず、身体への侵入を許してしまった。 「さあ、血を頂こうか」 「血なら、わた、し、の――?」  キョーコは頭の中に響いてきた声に反射的に答えたが、痛みにぼやけた視界のどこにも、メルトの姿は見えない。 「ここだよ、お前の中さ」 「えっ、い、嫌ぁっ!?」 「嫌って、もう約束したろ。まあ焦らなくていい。じきに腹が減って、どうしようもなくなって、お前は血肉を喰らうのだから」 「く、喰らうって……!!?だって、私血を――」 「ああ、そうだ。お前、血を私達に与えるんだ」 「――っ!!嫌!やめて!私の中から出ていってよっ。こんなの望んでない!」  キョーコは自分の頭を鷲掴みにして、ぐちゃぐちゃと髪の毛を何本も引きちぎりながら掻き(むし)った。  だが、そんな事をしても頭の中の声は止まない。 「望んでない?私達は確かに感じたぞ。血を捧げてでも叶えたいと願う、その歪んだ望みを。そしてお前は契約した。血を捧げる代わりに、願いを、とな」  脳裏に木霊する悪魔の哄笑に、キョーコは抗い難い空腹を覚えた。  うずくまり、泣きじゃくり、後悔し、自分の指を口に突っ込み、頭の中の悪魔がそれを拒絶し、泣きわめき許しを請い、突き放され、空腹で意識が朦朧とし、無理矢理悪魔に起こされ、腹が内側にめり込む程の飢餓が押し寄せ、血の涙が流れ、失禁し――。 「……お腹、減った」  幽鬼のように、キョーコは立ち上がった。
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