俺の家にいる、愛しい人。

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きっかけは、大学4年生の夏だった。 研究室のメンバーでバーベキューをすることになり、手の空いていた俺と結也が、近くのスーパーに買い出しに行くことになった。 「頼まれた通り、肉と酒と水と…まぁ、こんなもんだろ!よーし、帰るかー!これさ、勢いで買ったものの、徒歩で持ち帰るには限界の量だよなー。」 俺達の腕は合計4本、持ち帰るものも特大ビニールで4袋分だ。普段そんなに重いものを持つ機会もない俺にとっては、それなりに重労働だ。 「…さすがだな。」 俺がつい心の声を声に出してしまうと、 「何がだよ。」 全く意味が分からないというジェスチャーをしながら、結也は笑った。 「サッカー部所属で運動できる、仲間内の盛り上げ役、顔も悪くない。男女問わずモテまくりで、バーベキューなんか日常的イベントにしてそうなヤツは、買い出しもさすがに小慣れてるんだなっていう意味だよ…。」 暑さのせいだけだったのかは分からないが、苛立っていたのかもしれない。つい嫌味のような言い方で、思っていたことをぼやいてしまった。 「男女問わずモテまくりかー!だと良いんだけど!じゃ。」 そう言って結也はおもむろに、ビニール袋を提げている俺の手を握り、そして指と指を絡めた。 「とりあえず広輔にもモテておきたいから、荷物の重さ、半分にいたしますね?」 結果として、俺の右手に肉、俺の左手と結也の右手が共同で酒、結也の左手に水と野菜の2袋分、という分担になった。 「な、なんだよこれ。」 「ま、いーからいーから。」 結也にそう押し切られ、帰り道を歩き始めた。 誰かと手を繋いだのなんて、小学校の授業でのフォークダンス以来だったと思う。 そこから道中にどんな会話をしたのかは、全く覚えてない。でも、初めて味わうような緊張と、照れと、気温以上に感じる暑さ、そして結也の少し汗ばんでいる固くて大きな手の感触が俺の中に焼き付いて、なかなか消えてはくれなかった。 そんな言葉にならない感情を自分の中で見つめ直したり、誰かに上手く相談できる方法も考えられないまま時は過ぎた。大学卒業と同時に、その記憶も存在する意味のないものとして、心の奥底へ封印しておいたはずだった。 いざ突然再会してみると、やはり頭で割り切れるものではないのだ、好きになった人なんだ、と実感させられてしまった。 あの時、どんな気持ちで俺の手をとったのか、まだ俺は結也に聞けていない。 彼女と幸せそうに見つめ合う今のお前に、そんなこと、聞けない。 今日も俺の家にいるカップルは、幸せそうだ。
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