前払い

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前払い

「ありがとうございます!」  そう言って、素敵な笑顔を見せる彼女は職場の人気者。 「ええと……僕、何かしてあげたっけ?」  間抜けなことだが、心当たりがまるでない。うろたえて訊き返すと、彼女は、 「これからして下さるんですよ! 前払いです!」  と答えてにっこり。  笑って受け流したが、実はそれ以来恐ろしくて仕方ない。  だって、凄く世話になってるのだ、彼女には。  汗だくで外回りから帰れば冷えたお茶とスーツには消臭スプレー、残業時間には夜食の差し入れ、急な書類作成も笑って引き受け、パワハラ上司の理不尽な罵倒も柔らかく説得して宥めてくれる、という具合。  一体これから、彼女に何を返させられるのか。  ここしばらくで何故か随分人が減った職場を見渡し、僕は途方に暮れる。
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