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夢のかけはし
春まだ浅い3月、その人は九頭竜湖を見下ろす橋の上にポツンと立っていた。
「あの、寒くないですか?」
思わず声をかけてしまったのは、彼が着ている薄手のコートが、川面から吹き上げる風にすっかりめくれあがっていたからだ。
すっかり怪人のマント状態で、まったく防寒の意味をなしていない。
まだ雪が残るこの時期に、コートの下は白いシャツ一枚という姿も気になる。
その白さが、夏にあった母の葬式を思い出した。
しかし一向にこちらに気づかない男に、
「あのっ!」
ついに椿姫は大声を出した。
「まさか、そこから飛び降りる気じゃありませんよね」
この通称『夢のかけはし』は、本州と四国を結ぶ瀬戸大橋のプロトタイプとして1967年に建設された。
瀬戸大橋ほど大きな橋ではないが、それでも湖に落ちれば無事ではすまない。
すると男は、
「ああごめん。誤解させたかな」
ようやっと椿姫に気づいたと、謝りながら橋のたもとまで戻って来た。
「大丈夫。ちょっと橋を見ていただけだから」
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