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アンリは、部屋の惨状を見ても、顔色ひとつ変えなかった。
平然とした調子で靴を脱いで家にあがってくる。
その顔にはうっすらと笑みさえ浮かべていて、状況と態度の違和感が半端ない。
アンリは珠樹の手からゴルフクラブを取り上げ、コートの裾を広げて椿姫の前にしゃがむと、
「手を貸そうか」
「手を、貸すって……」
ようやく思考が動き出した。
「救急車を」
「救急車?」
「うん、だってお義父さんが――」
『死んじゃう』と続けかけて、言葉が止まった。
アンリが何か言ったわけじゃない。
だだその目が、椿姫の声を止めさせた。
アンリは、
「こいつに助けてやる価値があるの?」
「……価値、って」
「苦しめられてきたんじゃないの?」
そうだ。
この男は椿姫をずっと苦しめてきた。
思わず、
「――鬼です」
ポロリと本音が漏れた。
「この男が、お母さんを殺したんです」
「……そう」
「さっき、お前もって言ったんです。お前も水に沈められたくなかったらおとなしくしとけって。この男は殺人鬼です」
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