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白い春にさくらひとひら
手に持っていたスマホの通話ボタンを押す。
今は休み時間のはずだけど、そんなに長い時間があるわけじゃない。
早く出て、と思ったそのとき、
『もしもし?』
と空の声が聞こえた。
「空、あたし、……合格した」
そう言いながら私は手元にある受験番号と大学の玄関前に貼り出された番号とをもう一度見直した。
やっぱり、ちゃんと同じ番号がある。
声に出して空に伝えたら、そこでやっと実感が出てきて心臓がどきどきして、受験番号通知表を持つ手が震えてきた。
『マジで?! おめでとう!』
スマホの向こうから驚いたような、すごく嬉しそうな大きな声が聞こえてくる。
「うん、……ありがとう」
『るりさんほんと頑張ってたもん、大丈夫だと思ってたよ』
「あ……ありがとう……あ、ごめんね、休み時間に」
『ううん、気になってたからいいんだ。わざわざ連絡ありがと』
空の明るい声が、すごくうれしい。
私、ほんと空が好きなんだな……と改めて思う。
「空が、……一番最初」
『えっ、ちょっと、お母さんとか電話しなよ』
と笑い声が聞こえた。
「でも、だって、最初に教えたかったんだもん」
昨日降った雪のせいで、足元がザクザクしてて、ブーツを履いてても少し足先が冷たい。
でも、空の声を聞くと、胸の奥がふんわりと暖かい気持ちになるんだ。
冬に逆戻りしちゃったような景色の中で、でも春は確実に近づいている。
『なにかわいいこと言ってんの、るりさん』
クスクス笑う声が耳に気持ちいい。
「や、やだ、だめ? 変?」
『めっちゃうれしい。いや、ほんと合格良かった。ね、今日か明日、会える?』
「今日はさすがに家族で、合格してたらお祝いってママが言ってたから」
『じゃ、明日。今、うち親いないんだ。父さんのとこに行ってて。だからうちにおいでよ』
空のお父さんは東京に単身赴任中で、お母さんは時々会いに行っているみたいだった。
「でもお姉ちゃんは?」
『姉ちゃんも一緒。家にオレだけでさみしいの』
と、クスクス笑う。
「さみしいなら、行ってあげてもいいかな……」
なんて言いながら、私も笑っちゃってる。
『じゃ、決まり。四時半には地下鉄駅に行けると思う』
「あ、明日は学校に合格報告行くから、帰りの時間に合わせるよ」
『そう? じゃあ玄関でいい?』
「うん、大丈夫。あ、授業始まっちゃうね?」
その時、空の声の向こうにチャイムの音が聞こえた。
「ごめん、休み時間なくなっちゃった」
『全然、るりさんの声聴けたんだし。じゃ、ほんとおめでとう』
また返事もできないタイミングでそんなどきっとすることを言うから、私の頬はたぶん少し赤くなった。
「ありがと。じゃあ明日ね」
明日楽しみ、と思いながら通話を切った。
「るりちゃん、おめでとう!」
近所のお寿司屋さんで、両親と私とでグラスを合わせた。
もちろん、私はジュースなんだけど。
「第一志望合格してよかったねえ」
「うん、ありがとう」
「試験の前の日にガトーショコラ焼いてた時はどうなることかと思ってたけど」
と、ママが苦笑いする。
「それは……ほら……ちょっと現実逃避……」
テスト前に部屋の模様替えをしたくなるって言うのと同じようなもの。
試験の前日がバレンタインデーで、緊張の中思わずケーキ焼いて空に取りに来てもらったんだった。
そんなのでよく合格したな……と、自分でもちょっと思う。
「それも三つもね」
そう言ってパパが笑った。
「だって……上手く焼けなかったって思って……もう、合格したんだからいいじゃん!」
ぷっと膨れてマグロのお寿司を取ってほおばると、両親は二人で笑う。
「るりちゃんも大学生かぁ」
「でも実家通いだからね。まだまだお世話になりまーす」
市内で交通の便だってそんなに悪くない。
乗り換えしないで通学できるし、高校に通うより楽になるくらいな大学だ。
「まあ、親としては実家にいてくれた方が安心だからね。それでいいんだよ」
と、パパがのんびりとした口調で言って、ビールを飲む。
一応、ひとり娘だしね。
一緒にいることも親孝行なのかな、とか。
最近そんなことも考えたりもする。
帰り前のホームルームが終わるチャイムが鳴り終わる前に、生徒玄関に空が走ってきた。
私は一度外に出ていたものの、風が冷たくて中に入ったところだった。
「ちょ……は、早い」
だってチャイム鳴り終わってないし。
空の教室からは玄関までそう離れてない方だということを考えても、やっぱり早いって。
空は息を切らしたまま、
「だって……早くるりさんに会いたかったし……」
と言って、にっこりと笑顔になった。
「え、……あ、うん、久しぶりだもんね」
冬になってからは学校帰りに一緒に帰るくらいで、遊びに行ったりなんてできなかった。
試験が終わってからもなんだか気持ちが落ち着かなかったし。
すごく久しぶりに、なんにも心配することなく空に会えたように思う。
空は靴を履き替えてから、私の手をとって、握る。
「ゆっくりできるんでしょ?」
泊まりって言ってなかったから用意はしてないんだけど。
「まあ、でも、明日だって学校でしょ?」
そう、平日ド真ん中。
卒業式が終わった私は平気だけど、空は明日だって普通に学校に行かなきゃいけない。
「ほんと、今日が金曜日だったらってすっげー思った」
わざとらしくがっくりと肩を落としながらも、空はずっとにこにこと笑っている。
「ね、るりさん、今なら早いバスに間に合う。急ごう」
ちょっとでも長く二人でいる時間を作るには、少しの努力は必要だ。
「大丈夫、今日はヒールじゃないから」
もう卒業したから私服で来たけど、派手なのもどうかなと思って少し大人しめのコーディネート。
ヒールのないタイプのショートブーツで来ていたし、今日は少し寒いけれど昨日の雪は溶けてなくなっていた。
水溜まりに気をつけさえすれば、ちょっと走っても全然平気。
「じゃ、行こう!」
空が私の手を引っ張って走り出す。
私もできるだけの速さで走ってバス停まで行くと、その少し向こうにバスが来るのが見えた。
「わ、ギリギリ!」
「間に合ったー」
二人で息を切らして、笑いあって。
「十五分多く、一緒にいられるね」
って笑う空の顔がちょっと近くて、……キスしちゃうかと思って、どきっとした。
「どした?」
「……なんでもない」
空は笑顔のまま首を少し傾げる。
バスが私たちの前に停まって、ドアが開いた。
空が私の背中に手を添えて、私を先に乗せる。
こういうの、あんまりできる男の子って少ない気がする。
今までの彼氏もそんなことしなかったし、他の子を見ててもしていない。
「あ、ありがと」
「どういたしましてー」
「空って……反抗期とかない感じだよね」
「へ? そう?」
素直にすくすく育ってそのまま今がある感じがする。
「あった?」
「んー……わかんない、ないかも。もともと親もそんなガミガミ言うタイプでもないし……反抗する必要がない感じ?」
不思議そうに首を傾げる仕草が、ちょっと子どもっぽくてかわいい。
「空がそんなだから、ガミガミ言う必要ないんだと思うよ」
「自分ではあんまりわかんないけど。普通じゃない?」
「まあ……やんちゃではあるけど」
思わずそう言ったら吹き出すようにして笑った。
「そういうのでは叱られたかなあ……今だって」
と、私の手を取って、指を絡める。
「やんちゃするつもりだし?」
「え、やだ、何する気?」
「んー、親に知られたらマズイけど楽しいこと」
いたずらっ子のように笑うから、思わずつられちゃう。
いつもこう、子犬か何かのようにするっと懐に入ってきて、離れられなくなっちゃう。
ずるいなあ、といつも思うんだ。
地下鉄に乗り換えて、空のうちのマンションに行く前にコンビニに寄ってお菓子と飲み物を買って。
マンションのエレベーターに乗って扉が閉まった瞬間。
「えっ……」
空の手が私の腰に回って、抱き寄せられた。
その強さとはうらはらに、やさしく唇を重ねる。
「や、だめ、カメラあるじゃん……」
エレベーターって監視カメラついてるよね?
「見てたとしたって、知らない人だよ」
そう言って、今度は舌を絡めて深くキスをする。
急に止まって誰か乗ってきたらどうするのって思うけど、無理にやめるなんてことは、しない。
私は目を閉じて、空とのキスを楽しむことにした。
お互いを味わうようにゆっくりとキスをして、エレベーターの速度が落ちて止まると同じタイミングで離れた。
「続き、早くしたい」
空はおでこを合わせてそう囁いて、にっこりと笑う。
私が何か言う前にエレベーターの扉が開いた。
「行こ」
と、空が私の手を引いて、すぐそばのドアの前に立つ。
何度か来たことはある、空の家。
誰もいないはずなんだけど、これからするつもりのことを考えて、少しドキドキする。
空が鍵を開けてドアを開いて、
「どうぞー」
と私を通した。
「あ、おじゃまします……」
私は空の横を通り過ぎて、玄関に入った。
「ねえ、るりさん」
「はい?」
「すぐ、したいんだけど、だめ?」
私は振り返るつもりだったんだけど、空の腕の中にすぽんと包まれてしまった。
そういえば、秋から少し背が伸びたんじゃないかなあ……。
「……この体勢で、だめとか言えないよね……」
私がわざとらしくため息をついてみせると、空は私の首元に唇を触れさせながらクスクスと笑った。
その唇をするすると滑らせて、耳元に上がってくる。
「んん……」
指先で髪を耳にかけて、耳たぶを食んだ。
「ね……玄関じゃ、なくて」
「うん、オレの部屋行こう」
そう言いながらも、体は離れない。
軽いキスをしながら靴を脱いで、玄関からすぐのドアを開く。
「あれ、すごいきれい」
前に来たときには、エッチするとかいう雰囲気にはならない、と言ったら悪いけど。
空には言わないでいたけれど、ちょっと片付けておけばいいのに……と思った空の部屋。
今日はすっきりと片付いていてびっくりしてキスは中断してしまった。
「でしょ? 昨日頑張って掃除したから」
「えー、えらい」
「るりさんを呼ぶためだからさあ」
と、クスクス笑って、ついばむようなキスをする。
その唇が鼻先に触れて頬に触れて。
空の手のひらが私の頬を包んで、また唇が重なる。
ベッドに向かって数歩、そしてゆっくりと倒れこむ。
キスはやめずに、空の手が頬から首筋を通って胸元を撫でて、脇腹と腰と脚と。
ゆっくりと撫でていく。
「ん……」
重なった唇の隙間から、自分でもびっくりするくらいに甘えた声が漏れる。
空の手はまた胸元に戻って、今度は少し力を込めて揉みだす。
「あん」
「あーその声、久しぶり。やっぱりかわいい」
服の上から、両手で膨らみを包むように触って、指先はその先端を探り当てて摘む。
「や、あん……だって」
「気持ちいい?」
「……うん」
私がそう返事をすると、空はすごく嬉しそうな笑顔になった。
「え、なに?」
「オレも、るりさん触って気持ちいいから、良かったなあって思って……ね、服脱いでもいい?」
「うん」
着ていたニットと、スカートも脱いで下着だけになった。
空も制服のブレザーとワイシャツを脱ぐ。
そしてまたキスをしながら、私の身体に触れる。
「あっ……あん……」
「なんか今日、がっついててごめんね」
ごめんなんて謝りながらも、私の背中に手を回してブラのホックを外している。
「えっ……う、うん」
言われてみれば、今日はちょっと今までより強引かも。
空は私のブラを取って、肌にじかに触れる。
「るりさん卒業しちゃってさ、学校で会えないってやっぱりつまんなくて」
「あ、うん」
私もだよって言いたくて、言おうとしたとき。
「余裕っぽくしたいんだけど、ちょっと無理っぽい」
と、胸に唇を滑らせて、先端を口に含んだ。
「あっ……」
ぴりっと電気が走ったような刺激に、私は何か言うことはできなくなってしまった。
胸を触っていた手は、するするとおなかの上を通って、その下へと動いていく。
ショーツの上辺を指先でなぞってから、布地の上を撫でる。
片膝を私の膝の間に割り込ませて、指は脚の間に入り込む。
「や……あっ……!」
「やだ?」
「や……ちが……」
「え、もうすっごい濡れてるんだけど。まだ触ってないよ?」
「でもっ……だって、胸とか、触ったじゃん…っ……」
するすると指先がそこを撫でる。
自分でもわかってる、もうショーツも濡れてきてること。
「ショーツの替えって持ってきてるの? これけっこうすごいよ」
と、私の脚を大きく開いてショーツの上から唇をつける。
「きゃ……あっ……あん……」
下着の替えは一応持ってきてるけど、正直なところ使うとは思ってなかった。
「や……それ、だめ……」
「舐めるのだめ?」
「だ、だめだって……」
「なんで?」
「なんでって……だって、……」
気持ち良すぎるから、なんて言えない。
「やだ、恥ずかしい」
「今さらでしょ?」
「でも、やだあ」
「仕方ないなあ」
空はクスクス笑って、私のショーツをするすると下げる。
そして唇をつけるのはやめたその場所に指先をゆっくりと埋めた。
「んんっ……」
中で動かれるのに弱いの。
空はもう私のそういうとこ、ちゃんと知ってる。
私の中を探りながら、また深く唇を重ねて。
「んー、好き」
なんて、さらりと言っておでこを合わせて笑う。
「うんっ……あっ……」
「ね、もう挿れていい? まだ早い?」
私は首を横に振って答える。
「それはいいってこと?」
今度は縦に。
私の声はもう言葉にならなくて、荒い呼吸の間にこぼれていくだけ。
空は手早く準備をして、私の脚の間に入り込む。
やさしく深くキスをしてから、身体を重ねる。
「んん……っ……」
こうやって重なるだけでうれしいとか、今まで思ったことなかったな。
今は、すごくうれしい。
「るりさん、笑ってる?」
空はゆっくりと腰を揺すりながら、私の顔を覗きこんで微笑む。
「ん……ちょっと、ね」
「えー、なになに?」
空は私を抱き上げて、向かい合って座るような姿勢になる。
この体位は深くまで密着してるような感じがして好き。
「……うれしいな、って……思った」
空が私の顔を見つめて、まばたきを三回。
そんな驚いた顔することもないと思うんだけど。
「えー、なんで?」
「るりさんがそんなデレるの珍しい……」
「やだ、珍しいとか言うなー」
言ってしまってから恥ずかしくなってくる。
私は照れ隠しに空にぎゅうっと抱きついた。
「あっ、ちょっ、それヤバい」
身体が繋がった部分がぴくんと反応するのがわかった。
「あんっ」
「ほら、ヤバいって。るりさんのせいだからね?」
私の腰と頭に手を添えて、空はまた私を寝かせてその上に覆いかぶさって唇に頬にたくさんキスをする。
これは、一層熱くなった合図だ。
「やだ、だめ」
「だめとか言っても無理ー」
と、空の腰が強く打ち付けられる。
「きゃ、あっ…あっ……!」
荒々しく突き上げられて、でもそんなのも空だからいいんだ。
全部許せちゃうし、全部好き。
「空っ……空ぁっ……!」
何度も名前を呼んで、空の肩にしがみつく。
「るりさん……オレもう、いきそう」
「んっ……あっ、あたしも……もうだめぇっ……」
身体が震えるような、意識がどこかに飛んで行っちゃうような感覚は全然慣れたりしない。
ぎゅっと目をつぶると、身体の奥の方が弾けた。
「ああっ……!」
「るりさん…っ……」
私の一番深いところで空の動きが止まった。
そこはまだ空をきゅうきゅうと締め付けてるのが自分でもわかった。
「は……るりさん、すっごい……締めすぎ」
「やっ……わざとじゃ、ないもんっ……」
私の身体が落ち着いたあたりで、空は身体を離して後始末をしてから私を抱きしめて横になった。
「……ねえ」
「うん?」
ちょっと顔を上げると、すぐ目の前に空の笑顔。
「……学校、一緒じゃなくなっちゃったね」
今までは毎日この笑顔を見られたのに、三学期からは全然少なくなっちゃって、これからはもう週に何回会えるかもわからない。
つきあいはじめてから半年くらいだけど、その半年のうちにすっかり空がいないとつまらないって思うようになっている。
「心配?」
私の気持ちを見とおしてように、空はいたずらっぽい笑顔になる。
「ん……」
「でもオレは、るりさんと一緒にいたいよ?」
こうやって抱き合って、暖かいなら。
その気持ちだけで……それでいいのかもしれないって。
まっすぐに私を見つめる空の瞳を見てたら、そんなふうに思えた。
「……あたしも」
そう答えると、こっちが照れてしまいそうな眩しい笑顔になる。
そんな素直に表情に出せるところが好きだなって思う。
「なに真っ赤になってんの? るりさん」
「えっ、やだ、なってないよ、普通だよ」
「なってるよー、かーわいい」
私の頬を両手で挟んで撫でまわして、軽くキスをする。
空の笑顔につられて一緒に笑って。
「あれ」
空の視線が私から外れたから、その視線を追って窓の外を見た。
「あ、雪降ってきた? まだ冬だねぇ」
「でもるりさん桜咲いたし。もうすぐだよ」
ふわりふわりと落ちる雪は、白い花びらみたいに見えた。
「……うん」
この冬よりはもう少し、こんなふうに過ごせる時間は作れるようになるかな。
そんなことを考えながら、私は空の腕の中に深くもぐり込んだ。
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