7人が本棚に入れています
本棚に追加
love affair 02
「おはよー。ちょっと、るり、一年の子とつきあい出したんだって?」
次の日の朝。
空とつきあい出して三日目にして、クラスメイトで親友のなずなにバレた。
「……もうちょっとしてから教えようと思ったんだけど……」
朝のバス待ちの時に、なずなに捕まった。
いつもは私よりも早いバスに乗ってるくせに、今日はこのためだけにわざわざ待ってたんだと思う。
色白で日本人形のような顔立ちに、真っ黒のストレートボブの髪型がよく似合ってる。
アジアンビューティーを目指すんだとか言ってたことがあったっけ。
「なずなさんの情報網をなめちゃダメよ」
と、得意げな顔をする。
「そうっすか……」
ということは、もうあちこちに広まってるってことか……。
「何だっけ、羽鳥くんって言ったっけ?」
「おっはよー、ちょっとその話マジ? 知ってるよ、羽鳥空くんでしょ?」
と、口をはさんで来たのは、こっちも仲良くしてる杏子。
今日も気合いの入った巻き髪を二つに分けて編み込みしてから、耳の後ろで結んでいる。
毎日六時に起きてヘアアレンジとメイクをするらしい。
まつげの盛りっぷりはクラスで一番だ。
私はストレートのセミロングで髪型自体は普通だけど、髪の色はミルクティーみたいな色に染めていてかなり明るい色の方だし、メイクだって普通にする。
うちの学校の校則はゆるめなせいか、制服はみんな同じだけど髪やメイクは人それぞれだ。
「春に、カワイイ男子が入ってきたって話題になってたよ」
「知らなかったよ、そんなの」
「あたしもそこまで知らなかったけど……杏子って変なところですっごい知識あるよね」
「変じゃないよ! イケメンはチェックしとくって当たり前でしょー?」
そうかなあ。
でもまあ、空の見た感じは悪くない。
悪くないっていうか、すごく目立つタイプだと思う。
「なんて、ウワサしてたら、来たよ」
と、なずなの視線の先を見ると、あの明るいふわふわの髪が目に入った。
……誰かと、話してるみたい。
空の視線の先には、女の子。
クラスメイト? たぶん、そんな感じ。
なんだか仲良さそうじゃない?
楽しそうに笑ってる。
「るり、行かないの?」
「……別に、なんか友達いるみたいだし」
つい、『友達』の部分を強調してしまった。
「トモダチねー」
冷やかし気味のなずなを無視しつつ、空の方をちらっと見る。
瞬間、目があった。
ニッと口角を上げて笑う顔と、右手をひらひらとさせるのが見えた。
……でも、それだけ。
こっちに来るんだと思ったのに……って、何期待してるんだろ、私。
……なんか、ムカつく。
「るーりさんっ、そろそろ帰るしょ?」
下校を促す放送が校内にかかる中、図書館に空が現れた。
いつも通りの笑顔が、なんかムカつく。
「……帰る。……けど」
「けど?」
「………別に」
ムカつくけど、そんなことバカみたいじゃん、私。
て言うか、なんでこんなふうにムカムカしてるんだろうって、そんな自分にも腹が立つ。
空は少しの間不思議そうに私の顔を見ていたと思ったら、急に何か思いついたような表情になる。
「朝、一緒に行けなくてごめんね」
「は!? え、べ、別にっ。気にしてないしっ」
思わず声が大きくなって、近くにいた人にちらっと見られた。
「同じクラスの子、しゃべり出したら止まらない感じでさ。なかなか切れなかったんだー」
「そ、そんなの気にしてないってば」
「そう? あー、今はね、球技大会のバスケの練習してた」
そう言えば来週球技大会あるんだっけ。
「そんなことも、別にいいって。て言うか、LINEで言って来てたじゃん」
ここで何もしないで待たせてるのも悪いとは思うし、それについてはちょうど良かったと思う。
ムカムカするのはそんなことではなくて。
「……なんか、キミ」
「空」
「……空、人気あるって聞いた」
「そうでもないよ?」
って返事しながら、どこか得意げににっこりと笑う。
そんな顔がかわいくて、ムカつく。
「……帰ろ」
荷物をまとめて立ち上がった。
バス停への道を二人で並んで歩く。
部活後とか、私と同じように図書館や教室で勉強していた人もほとんどみんな同じ方向へ歩いていく。
「明日と明後日って予備校だっけ?」
「うん、そう」
「何時に終わるの?」
「五時」
つい素っ気ない返事になってしまう私に構うことなく、空は
「じゃあ、そのあとデートしようよ」
と、笑顔で言う。
「デートぉ?」
そんなふうに誘う男子って初めてかも。
なんか今までみんなはっきりしない男子ばっかりで、……そう、単刀直入に言わないのがイケてるみたいに勘違いしてるようなヤツばかりだった気がする。
そういうのと比べると、空は真っ直ぐで、ちゃんと私のことを見てくれてるのかなって……思いかけてたけど……。
「そうそう。うーん、明後日の方がいいかな」
「うん……まあ……いいけど」
やっぱり、ムカムカ、もやもやが消えない。
こんなのって、変だ。
「あれ? もしかしてまだ朝のこと気にしてる? ごめんねー」
と言う言葉にドキッとする。
「べ、別にっ」
だってそんなの気にしてるって、私が空のこと好きみたいじゃない。
「ホント、ただの世間話っての? そういうのだったし」
「ほ、ほんとに?」
「やっぱ気にしてんじゃん」
と、私の顔を覗きこむ仕草に、ついドキッとする。
「や、やだ違うって」
「るりさん、かわいいなあ。妬いてくれてるんだ」
「やめてよホント。そんなことより、あ、明後日、どうする?」
「んー、そうだなあ」
不意に、空が私の耳元に唇を近付けて、
「るりさんと、また、したいよ」
と、私にしか聞こえないくらいの小さな声で囁く。
「何言ってんのよ、もーっ」
頬が赤くなるのが自分でもわかる。
空はそんな私を見て面白そうに笑うけど、だって、こういうことストレートに言ってくる男子って今までいなかったし。
それに、こういうことってそもそも高校一年生が言うセリフじゃないと思う。
「お母さん、今日なずなとごはん食べて帰るね」
「あら、そう。あんまり遅くならないようにね」
「はーい、行ってきます」
日曜日。
勝手になずなの名前を使って、家を出る。
そういえば空と私服で会うのは初めてだ、と昨日気がついた。
ドルマンスリーブの半袖ニットは襟元が横に広く開いていて、スパンコールがついたキャミソールの肩紐がちらっと見える感じがちょっと大人っぽくて、気に入っている。
それとデニムのミニスカートを合わせた。
淡いサーモンピンクのビーズでできたロングネックレスと、それぞれ形が違う四本の細いチェーンがぶら下がったタイプのピアスをして、編み込みをして片側にゆるくまとめた髪は、ピアスがよく見えるように考えてアレンジした。
ネイルは、本当はあまり得意じゃないけど、ピンクとパールホワイトのグラデーションに塗って、ラメも入れた。
自分では、なかなかいい感じに出来上がったと思う。
「るり、めっちゃ気合い入れてきてるねー。かわいいじゃん」
予備校で会うなり、なずなにそう言われた。
「まあ、まあね」
「へえー、うちに泊まることにしてもいいけど?」
「泊まらないって! 明日学校じゃん」
「何いい子ぶってんの?」
なずなは冷ややかな目つきで言うけど、そこは当然だって。
……とりあえず、三年生にもなれば、ね。
「ぶってないし! でも、帰りはなずなとごはん食べて帰るってことにしてあるから、よろしく」
スマホ持ってるんだし、親から連絡行くようなことはないんだけど、一応。
「あー、はいはい」
なずながそう言って笑ったのと同時に、講師の先生が講義室に入ってきた。
午後いっぱいの長い講習を終えて、なずなと一緒に外に出た。
「あれ、彼氏じゃん」
予備校の玄関の植え込みに腰を下ろして、空がこっちに向かって手を振っている。
Tシャツの上にチェックの半袖シャツを羽織って、スキニージーンズを合わせている。
シンプルだけど、こういう服装は好きな方かも。
「早く着いちゃって、迎えに来たよー。あ、こんちは」
と、なずなに挨拶をする。
「羽鳥くんだよね。あたし内川なずな。よろしくー」
「内川さん、よろしくっす」
「やだ、なずなでいいよ」
「ちょっと、何言ってんの」
何二人で楽しそうにしてるのよ。
「そういえばジャマしちゃったねーごめんねー」
全然ごめんだなんて思ってなさそうな言い方でなずなは笑う。
「じゃあ、遅くなるとか泊まるとかだったらちょっとLINEでもして」
と言って、なずなは手を振って行った。
「全然、普通に帰るしー」
「えっ、泊まりいいの?」
「いいわけないでしょっ」
「なーんだ」
なんて言いながらも、顔は楽しそうに笑ってる。
「……で? どうするの? これから」
私はちょっとイラっとした口調で空に言ってしまうけど、空はそんなことにはお構いなしで、のんびりした口調で、
「どうするって……おなかすいたりする?」
と、聞いてくる。
「うーん、まだいいかな」
「じゃあ、行くとこは決まってるでしょ」
「え?」
空の顔を見たら、にやりと笑った。
最初の時も思ったけど、空とえっちするのは嫌じゃなかった。
嫌じゃないっていうか……こういう言い方はちょっと好きじゃないけど、でも、すごくいいって思った。
空はキスをするのも私に触るのも、ちょっと強引だけどすごく丁寧で、すごく気持ちいい。
今までもえっちの経験はあるけど、こんなふうに気持ちいいって思うことはあんまりなかった。
「るりさん、すっげー気持ちいい」
そう言ったかと思うと、空の動きが急に強くなる。
「えっ……あっ……」
そんなふうにされたら、私も一気にいきそうになってしまう。
「ちょっともう、ヤバイ、かも」
それはこっちのセリフだってば。
「や、ああっ……空ぁっ……」
「るりさん…っ……一緒に、いける?」
女の子って本当はそんな簡単にいけるもんじゃないって思ってた。
それなのに。
「あっ、あたし、もうダメっ…んっ……あ……!」
「…んっ……はぁっ……!」
空は荒い息のまま、私のすぐ隣に倒れ込んだ。
簡単に後始末をしてから、私を抱き寄せる。
「るりさん」
「ん……」
「ほんと、好き」
額にキスをして、髪を撫でながら唇をそっと重ねる。
終わったあと、こうやって抱きしめてもらうのって、けっこう好き。
大事にされてるって感じがする。
この前もそうだった。
空のこういうところ、好きだと思う。
……好き?
あたしが?
……空を好き?
やだな、あんまり恋愛にハマりたくないのに。
でも、そう。
あっという間に好きになっちゃって、だからちょっとしたことでムカついたりイライラしたりするんだ。
こんなのって初めてかも。
でもだって、空の笑顔が、仕草が、言葉が、……キスも。
私をドキドキさせる。
空から目が離せない。
「やっぱり、るりさん、すごくイイ。オレが思ってた通りだ」
なんて言って、あたしの髪をいじってる。
「思ってた通り?」
「そう、きっと抱いたら気持ちいくて、もっとハマってくだろうなって思ってた」
「それってえっちが目的っぽくないー?」
「うーん、でも、オレ、ホントにるりさんがかわいくて」
「ちょっとー、年上に向かってかわいいはどうかなぁ」
「でもかわいいんだもん。そうやって強がりなとことか」
「強がってないっ」
怒った顔をしてみたって、満面の笑顔でスルーされる。
「さっ、オレ、シャワー浴びてくるねっ。るりさんも一緒に入る?」
「一緒はいい」
と返事をすると、笑って一人でバスルームに行ってしまうし。
べたべたなのか、さらっとしてるのか。
つかみどころがない。
こんな風に振り回されちゃって、今までの私だったら全然なかったこと。
……でも、もうどうしようもない。
バスローブを羽織って出てきた空に、ベッドから声をかける。
「……空」
心臓が高鳴る。
頬が赤くなるのが自分でもわかる。
「……浮気なんかしたら、ぶっ飛ばすんだからね」
思ってたことと違う言葉を言ってしまったけど、私の言葉を聞いた空は一瞬きょとんとした顔をした後、にっこりと笑顔になった。
「ぶっ飛ばされるようなことは、ないとは思うよ」
そう言ってベッドにいる私の側に腰を下ろす。
「お、思うじゃダメなのっ」
「ないない、ホントに。それはマジ自信あるよ」
私を引き寄せて、額同士をくっつけて笑う、その瞳を至近距離で見つめたら、嘘っぽかったり見栄を張ってるようなところは全然感じられない、真っ直ぐな瞳で私を見つめ返す。
「……じゃ、も一回しよっか?」
「な、なんでそうなるわけ!?」
ゆっくりと押し倒されて、空の肩越しに天井を見上げてわざとらしくため息をついてみるけど。
それは私の本当の気持ちをごまかしてるんだってこと、空にはきっとバレちゃってるんだって、思った。
最初のコメントを投稿しよう!