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初めに感じたのは違和感。何か、力強いものに包み込まれているような感覚。二つ目は首筋にかけて巡る柔らかい感触と擽ったさ。
それはもう、誰かが背後にいるみたいな感じ。
「うわぁぁぁぁああ!!」
「五月蝿ぇ、風呂で叫ぶな」
「何でお前がここに居るんだ!!」
「夫婦で風呂に入っちゃ悪いのか?おっと、逃げるなよ」
どうやって音を立てずに入ってきたのか。起きたら、私が後ろから旋に抱き締められている体勢になっていた。体格が違い過ぎて腕の中で藻掻いても、がっちりと抱き締められていて抜け出せない。
何とか左腕だけ取り出して、石鹸を置いていた場所に手を伸ばす。しかし――
「せ、石鹸は何処にやった!?」
「石鹸?石鹸なら床にあるぞ」
バッと床に目をやると、窓際に置いていたはずの石鹸が無造作に置かれていた。だけれど、辛うじて糸が見えてそれを引っ張った。
それまたしかし、
「何で••••••何で糸しかないんだ!?」
「物騒なものが置いてあると思って、回収しておいた」
そのまま引っ張ると綺麗に糸だけを残されており、見慣れた哀染華の姿は何処にもなかった。それに、その物騒なものを置かせるように仕向けたのは元はと言えば此奴ではないか。
「そもそも一緒に入るなんて聞いてない!!」
「言っただろう。俺も入るからなって」
確かに••••••。別に旋はあとから入るとは言っていない。だとしても、だとしてもだ。寝てる隙に入ってくるなんて。
「それとも、俺が入ってくるのを見越して刀を準備してたのか?実行していたら湯船が血みどろになっていたな」
「見越していた訳じゃない。ただ、お前なら何かしてくると思っただけだ。それに、旋なら私の刀なんてひょいひょいと避けるだろう。••••••あと、この腕を離せ」
「断る」
「何でだ!!」
「抱き心地が良いからだ」
耳元で声を出されると妙な感覚がする。それに離せと言っているのに、腕の力が強まった気がした。
「だからって••••••っ、か、身体が洗えないんだが」
「俺が洗ってやるから問題ない」
「絶対何かしてくるから嫌だ」
お願いだから後ろを向いてくれと言うと、顔を背けてやっと腕を離してくれた。手拭いで心許ないけれど身体を隠す。湯で手を濡らした後、石鹸を取り泡立たせて身体を擦る。淡い桜の香りが舞った。
最近、巷で人気の雑貨屋・花月堂で買った石鹸。女性だけでなく男性のものも置いてあり、幅広く親しまれているようだ。
「陽は桜が好きなのか?」
不意に旋から声を掛けられて、身体を洗い流しながら答える。石鹸の香りでそう思ったのだろう。
「あぁ、四季折々の花の中で桜が一番好きだ」
水が揺れる音が聞こえると、旋が湯船から立ち上がり出てきた。ちゃんと下は隠されていたので、そこは安心する。••••••私はというと、完全なる全裸だ。
「うわぁぁぁぁああ!!」
「だから叫ぶな。••••••花見に連れてってやらんぞ」
「は?」
「何でもない。先に上がっているから逆上せるなよ」
そう言うとそそくさと浴室から出ていってしまった。ボソッと言っていて全然聞こえず、首を傾げるばかりだ。
兎に角、漸く安心して湯船に浸かれる。今度何かしてきたら、絶対に斬ってやる。
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