《弐》偽リノ愛情

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風呂から上がり、居間へ続く廊下を歩いていると縁側で旋が煙管を手に座っている。この家に喫煙者なんていなかったから、術でも使って出したのだろう。そう言うところで見れば、妖の力は便利だ。 「そんなところに突っ立ってないで、座ったらどうだ」 私を横目に紫煙を吐き出しながらそう言った。まだ髪が乾ききっておらず、水が滴っている様は色香が漂っている。此奴が人間としていたら、大層女性にもてはやされていただろう。 私は二人分ほどの間隔を取り、そこに座った。するとポイっと何かを投げられ手の中に落ちる。哀染華だ。脱衣場にも何処にもないと思っていたら、回収したままだったのか。 「刀を粗末に扱うな」 「あぁ、悪いな」 全く詫びる様子もなくそう言い放った旋。忘れかけていたイラつきを私は取り戻し、哀染華を強く握った。睨み付けていることに気付いたのか、こちらを見詰めニヤリと笑っている。 「怒ったか?」 「当たり前だ」 力を抜けば終わりだ。此奴の目を見ると、全てを見透かされそうで怖くなる。だから、怯んでは駄目だ。 眼光を鋭くすると、向こうは対照的に笑みを深める。何を考えているのか分からない。不意に旋が鼻で笑うと私の腕を掴み引っ張った。行き着く場所は、此奴の腕の中だ。 「百面相を見ているのは飽きないな。中々、愛らしいところもあるんじゃねぇか」 「五月蝿い!斬ってやろうか」 「そう斬る斬る言うな。••••••そうか分かった。俺を斬るという時は抱き締めろと言う意味なのか」 「違う!そうじゃない!」 反論したところで面白がられてしまう。旋がさらに抱き締める力を強くして密着する。そのお陰で刀を引き抜けない。抵抗を諦めるしかなく、旋に抱き締められるがままになった。 傍から見れば夫婦が抱き合っているという風に見えるだろうが、実際は殺し殺される関係である。 私は此奴と夫婦になったという事実だけで吐き気がする。それに此奴だって、私の事を愛している訳じゃない。何か目的があって近付いて、無理矢理私と婚姻を結ばせただけだろう。 復讐だけに時間を吸い取られて、女として何も魅力がない私に恋する方がおかしいのではとも思ってしまう。 だから、"愛らしい"なんて言われても嬉しくなんてなかった。『嘘』としか、思えなかった。
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