189人が本棚に入れています
本棚に追加
「何度言ったら、その空き巣じみた行動をやめるんだ。霧江」
執務室に戻って真っ先に放った言葉に、其奴はヘラヘラと笑いながら手を振ってきた。
「はぁ••••••。全く、帝妖隊よりも空き巣の方が向いているんじゃないか?」
「そんなこと言うなよ。冷たいな」
幾ら此奴に憎まれ口を叩いても、効力なんて一切ない。私がこの職場で、唯一タメ口を許している存在。それが此奴、霧江朔良。私より二つ上の十九歳であり、位は少佐。霧江もちゃんと部下を持ち、剣術の指導もしている。
本来なら私が上司で霧江が部下であり、タメ口は絶対にきいてはならないのだが、幾ら直せと言ってもその気配がなく私が折れた。どの道、私が通っていた剣術道場にもいた幼馴染みでもある。
霧江はいつも飄々としていて掴み所がないのだが、剣術の腕は達っていて一緒に任務を熟すこともしばしば。その影響もあって、私はタメ口を許すことにした。人との関わりは怖いものだ。
「それはそうと、やっぱり陽って女子みたいだよな〜。背丈といい、顔付きといい、甘くていい匂いするし」
「――馬鹿な事を。何度も言うが、僕は男だ。そうでなきゃ、今帝妖隊にはいないだろう?僕は特別低身長な訳でもないし、匂いだって使っている石鹸のものだと思うが」
「でもよ」
どんどん距離が近付いていき、霧江が執務机に手を着き私がその間にいる状態になった。少しだけ目を細めながら、私の首筋に鼻先を寄せる。少しだけ長めの横髪が当たって擽ったい。
無駄によく出来た顔が近くて、自分の頬が不自然に熱くなっていくのが分かった。すると、霧江が耳元で囁くように言う。
「やっぱり、女子みたいだ••••••。このまま此処で、喰いたいぐらい、いい匂いがする」
"喰いたい"の意味が分からないほど、子どもではない。つまりは――そういう破廉恥な行為の意味だ。けれど、交際や婚約すらしていない奴に抱かれる趣味はないし、言ってしまえば私はまだ処女だ。
むしろ、この先も恋愛関係を作るつもりはない。霧江に限らず、他の人間でも。仮にこのまま身ぐるみ剥がせられれば、女であることがバレてしまう。そうすれば本気で喰われてもおかしくないし、帝妖隊を辞職しなければならない。
下手をしたら、性別詐称で捕縛されそうだ。それだけは御免だった。私は無理矢理頬の沸点を下げ、霧江を力ずくで押し返した。
「い、いい加減にしろ!!何度も女ではないと言っているだろう!?」
「あはは。冗談だって、じょーだん!••••••半分はな」
押し返されて驚いたのか目を少し見開いていたが、すぐにいつものヘラヘラとした笑顔に戻った。こっちは鼓動が早くなってるって言うのに、平然として••••••っ。そういうところが憎らしく思ったりする。あと最後に不穏な言葉が聞こえたのか気のせいか。
「あ、そうそう。鳴瀬大佐から任務が来たから伝えに来たんだよな」
「それを!!早く言えっ!!」
最初のコメントを投稿しよう!