白夢

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 小町は消防を待たずに躊躇いなく湖に入った。薄い氷はスニーカーの裏で軽快な音を立てて割れる。だが、ある程度歩けば、大人が踏んでも耐えられるくらいの厚さになっている。スニーカーの隙間から凍える風が足を冷やす。この湖に落ちた小町だから分かる。落ちてから、数分で手足の感覚がなくなる。全身が震え、歯ぎしりが自制できなくなる。その振動で脳みそが痺れ、視界が霞んでいく。あの少年も今頃足の感覚はなくなりつつあるだろう。  小町は走った。足元の氷に罅が入り真水が浸漬しようがお構いなく走った。背後で帰る道が割れてなくなってしまおうとも、少年の命を守ることを優先する。 「ママぁ……」 「大丈夫か! 捕まれ!」  割れた氷に必至にしがみつき、泣きくじゃる少年の手を掴んで引き上げた。その少年の身体はひどく冷えており、早く病院に運んだ方がよさそうだ。実際小町が白い髪の少女に引き上げられた後に目を覚ましたのは、知らない天井と点滴の管が伸びた病室だった。そう考え、少年を抱きかかえた瞬間だった。
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