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「疲れ……。そうだね、君が言うのならば、そうなのだろう」朝比奈は、ちょっとだけ目を瞑り、何か考えながら答える。「どんな占いだい?」  覚を見た。彼は両手を挙げ、空に丸を描いた。口の動きは三文字。つまり、「ひ・だ・り」というわけだ。朝比奈に指示し、カードの山を崩させる。その調子で、次は右、最後に切る形でシャッフル、と覚が思うとおりに事を進めていく。合間合間に、東との押し問答はあったわけだが、なんとか下準備は整った。 「これで、大丈夫ですか」カードを覚に渡しながら、問う。「わざわざ彼が混ぜなくても、なんとかなりそうな気がするんですけれどもね」 「そうかもしれない。だが、僕自身、本人がシャッフルすることにこだわっている。占いには、形式という物が大事だからな」覚は受け取ったカードを並べながら答える。「どうせ、占いなんていうのは一種の儀式に過ぎないんだよ。誰にとってもね」  山の上にあったカードを選んだ覚。表に返し、テーブルの上に置く。両手に杯を持った、天使の絵柄。 「TENPERANCE。節制か」 「キミ、これは逆位置とみて良いのかい?」 「朝比奈さんから見れば、だけれども。だが、解釈的にはそちらの方が読み取りやすい。正位置だと、決して悪い意味のカードではないからな」 「えぇと、意味は何ですか?」  わたしは占いに明るくない。片手をあげ、おずおずと尋ねる。東も同様なのか、黙って覚を見つめていた。 「単純な言葉で言うならば、拒絶。他人の言葉に耳を傾けず、変化を好まない姿勢だ。妻の亡霊に悩まされている彼にぴったりの言葉だとは思うが……『何を望むのか』という問いに当てはまるかは微妙なところだな。そもそも、質問自体の幅が広いから、何に対する反抗なのか、正確にはつかめない」 「それじゃあ、問いをもっと深めていくのはどうでしょう」悩む彼に対して、わたしはハイと提案した。「つまり、彼は食事を拒否しているので、そこから攻めていくとか。どうしてご飯を食べたくないんですか、とかどうでしょう」 「悪くはないが、まだ範囲が広い。ーーおい、東。僕にまだ話していないこととかは無いだろうな。情報を絞ることが出来る、なにか重要なこと」  東の顔色が変わるのをわたしは見逃さなかった。それは、覚も同じ。気がついた彼の動きは速かった。あっという間にカードを置くと、腕を伸ばし東の胸ぐらを掴んだ。うめく彼には取り合わず、低い声で「おい」と声をかけた。 「前から言っているよな。占いに必要なのは、前段階の情報だって。僕の場合、とくにその過程を大事にしている。常連のあんたは重々承知しているはずだ。なぜ、いつまでも覚えようとしない」 「お、覚えようとしていないなんて、そんな」  東の言葉が止まる。わたしは悲鳴を上げた。 「嘘つき」  鬱蒼と笑う覚の手は、東の首に掛かっていた。絞め殺さんばかりの勢いに、その場が凍る。現実から目をそらしている朝比奈すら、その動きを止めていた。  冷静だったのは、ただ一人。年の功が物を言う。 「いい加減にしておきな」  遠くから声が飛ぶ。いつの間にカウンターから出てきていたのだろう。店の入り口に腰掛けたヨネが、うんざりとした口調で告げた。 「其の屑を殺したところで、貴方の気が晴れるわけじゃないわ。ほら、佐代里さんが怯えているよ。頭を冷やしなさい」 「……次に嘘をついたら、殺す」  悪態をつき、覚が腕を引く。東が咳き込み、わたしはどっと体の力を抜いた。隣からは、カタカタ音がしている。疲れて重い首を動かして隣を見る。朝比奈は、何か大きな恐怖にとらわれたかのように、ただただ体を震わせていた。 「彼の不安定な精神が、妻の死に起因するのは明らかだ」覚がカードを再度手に取ってから、ふと気がついたように言う。「待てよ。確か奥さん、目の前で服毒したんだったよな。ーーまさか、そのショックで食欲が出ないのか?」  わたしも思い立ち、覚の言葉を復唱した。朝比奈の動きが変わる。今度は、びくりと体を跳ねさせて、それからこくりと頷いた。  当たりだ。わたしは覚を見る。 「良かったな、東。依頼人が素直な奴で」 「……放っておけ」  首をさすりながら彼は答える。覚はその言葉を流した。少し考え込み、次のカードを配る。三枚のカードが横一列に並んだ。 「本人に喋る気力がなさそうだからな。僕の手順で占った方が早いだろう」  彼はカードを指でなぞりながら言う。わたしは「ボクノテジュン?」とカタコトで質問した。 「詳しくないお嬢さんのために説明しておくと、これから占いは『スリーカード』と呼ばれる方法だ。場にカードを3枚横に並べ、事象を占う。一番左は問題の原因を、真ん中は結果、右にはアドバイスを導き出す。今回は、彼のショックがどうしたら解決するかを考えてみよう」  覚が左手を伸ばした。その先にいるのは、朝比奈。うつむいて唇をかんでいる。 「悪いが、右手を出してくれ」
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