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 ふにゃりと笑ってみせたが、男の方は何も言わない。返事の代わり、とでも言いたげに、背中にある手を今度は肩へ回す。そして、距離をとるように押した。 「ふえ?」 「顔、真っ白じゃないですか」  顔にかかった前髪を払われる。ざらりとした布の感覚。このクソ暑い日に、手袋なんて。沸騰した脳が零すのは悪態ばかり。それなのに、口だけは妙に素直で「あ、汚い」なんて零す。  汗まみれだったから、少しだけ恥ずかしいのだ。 「そんなのどうでもいいですよ。それよりも、体。本当に平気なんですか? そうは見えませんけれども」  のぞき込むのは、やや赤みがかった茶色の双眸だった。眉間にしわを寄せて、なにやら思惑するその男は、口調に似合わずやはり若かった。にきび一つないきめ細やかな肌。こんな状況だというのに、わたしは醜い嫉妬を嫉妬を覚えた。なんて、美しいのだろう、と。  また、やや頬を赤くしていても汗すらかいていないその首筋を見て、浮世離れした様を感じ取った。というか、この真夏の状況で涼しい顔ができるのは、もはや人間ではない。 「何者……」  思わずつぶやけば、男が目を見張る。妙なことを言った自覚はあった。だから、ごまかすようにはにかみながら言い直す。 「貧血みたいなの。でも、大丈夫です」  とんちんかんな問答にに対し、男は言及しなかった。ただ「嘘つき」と嫌そうに吐き出すだけ。肩には手を置いたままだし、顔色をうかがうこともやめていない。 「いや、おひゃまりましたし、平気です」  舌は回っていないが、目眩はひとまず引いた。視界がクリアなのを良いことに、わたしは体勢を直した。男の手を離し、自力で立ち上がる。男も止めはしなかった。しかし、しゃがみ込んでわたしを見上げるその表情には、未だに不安が滲んでいる。  何か言いたげなのは、察していた。だから、堂々とした様子で伝えておく。 「すみません、助かりました」 「いや、貧血なら病院に」  男は間髪入れずに言った。しかし、手を突き出して断固拒否したわたしの勢いに押され「う」とうめいて口を塞ぐ。 「だめです。これからめんしぇつ」また舌が絡まったので、二度言った。「面接なんです」  しかし、気がつくべきだった。やはりまだ、体は不調を訴えているという、その事実に。  くらりと揺れる地面。眩暈は、これまた突然牙をむいた。何か発するよりも先に、かくん、と膝が折れる。まるで冗談をその身で体現しているかのように、あっという間の出来事であった。そう、小学生が友人の膝裏を狙って突如いたずらを仕掛けてくる、そんな愉快さをわたしに与えた。 「……んな馬鹿な」再び地面に崩れながら、自嘲気味に笑った。「膝かっくん……」  遺言が阿呆の極みだ。そんなことを思いながら、わたしは意識を手放した。
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