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「馬鹿馬鹿しい!」その女は、ヒステリックに髪をかきむしりながら、キィキィ叫んだ。「愛が重いって、どういうことよ。ただ、彼に尽くしたいって思っているだけなのに……。彼が思うならまだしも、アタシ自身がその重さを感じている? そんなわけないじゃないの。ーー帰るッ」  女が鞄を漁り、それが終わると今度、苛ついた様子でテーブルを叩いた。その勢いのまま立ち上がり、ズカズカと店内を歩く。  わたしは大慌てで首を引っ込めた。女の歩みは早く、ぶつかれば因縁すらつけられそうなほど恐ろしかったのである。 「お世話様」  チリリ、とベルが鳴り扉はドスンと閉まる。女が消えた店は、一時の静寂に包まれた。わたしは驚きで動けず、ヨネは心底あきれたように顔をしかめている。そして覚は、机上に置かれた一万円札を見て微笑んでいた。 「あの、あれは何ですか」まず口を開いたのは、わたしだった。「えっと、占い……とか言っていましたよね。えぇと、つまりあの彼、覚さんは占い師だと」 「そういうことだね」ヨネは鍋を持って立ち上がった。「中々の売れっ子だよ。覚の占いは必ず当たる。そういう噂が立つくらいの腕があるからね。佐代里さんの友達の中にも、知っている子がいるかもしれないねぇ」 「いやいや、あの顔は詐欺師ですって!」唇を斜めにあげてほくそ笑む男を指差す。「わたしと初めて会ったときもそうでしたけど、猫撫で声がお上手ですし、怪しさ満点ですよ。え、あなたがたお二人で悪人ごっこでもしているんですか」 「いやいや、私と覚を一緒にしないでおくれ」鍋を揺らしながらヨネは嫌そうに答える。「()れと私は全く別の生き物さ。存在理由も、意義も異なる。当然、生き方もね」  含みのある言い方だった。まるで、自分は人間ではないと言いたげな、そんな違和感。 「あまり喋るなよ、婆さん。普通の女の子には関係ない事情だよ」後ろから鋭い声が飛ぶ。「お嬢さんも、調子が良くなったんなら早く出て行け。礼は不要。助けたことは気にするな。僕の気まぐれで起きたことだし、そもそも、困ったときはお互い様だ。ーー明日も、早いんだろう?」  なんて優しい。わたしは驚愕した。出来た言葉はもちろんだが、明日のことまで気にかけてくれるなんて、善人の極み。ーー右手に札を握っていなければの話だが。  とはいえ、助けてくれた相手を平然と罵れるほど、わたしは恩知らずではない。ましてや、お礼は無し、なんていう選択肢は持っていない。  今、いくらくらい持っていたっけ? 5000円札一枚くらいはあっただろうか。帰りの運賃はICカードがあるから心配ないとして……まぁ、全額投入は可能かな。  抱えていた鞄を机に置く。チャックを開け、中に手を入れる。書類の束をかき分ければ、見えて来る丸いもの。奥底に沈んだ財布、ではなく、赤いがま口を引きずり出す。 「ふぅん」ヨネがのぞき込んできて、陽気に口笛なんか吹いてきた。「随分と古風な物を持ち歩いているんだね。そういう趣味、嫌いじゃないよ」 「荷物が多いので、財布くらいは小さくしたいんです。普段使い用じゃないですよ」  指を交差させ、パチンとがま口を開く。中には、四つ折りのお札が一枚。摘まみ出して、色を確認した。  紫。良かった、記憶に違わず、5000円は持っていたらしい。指を添えて、折り畳まれたそれを開く。丁寧に皺まで伸ばした。 「はい」 「はい?」  覚に差し出せば、すっとぼけた顔を見せてくれた。理解が遅いようなので、わたしは行動で意図を表すことにした。  振り返って歩き出し、店の奥へ向かう。散らばったカードを践まないよう、下を向いて足を進める。色が多いことでなんとなく察してはいたが、やはり、トランプなどではない。占い、という言葉が当てはまるそのカードは、タロットであった。  椅子の近くにあった分は、座る際に巻き込まないよう拾って机に置いた。ついでに、持っていたお札も添えておく。前の客のように乱暴にはしない。丁寧にお支払いした。 「占ってください」  腰掛けてから、首だけ後ろに向けて言う。視線の先にいた彼は「へぇ」と不敵に笑った。 「僕の商売、興味があるんだ」 「お礼代わりです。ついでに、明日の運勢も占ってほしかったの。だから、一石二鳥かなって」 「あんたの運勢は、しばらく凶ばかりだよ。僕が保証する」文句を言おうとしたわたしの言葉を遮るようにして、彼は続ける。「これで満足してくれ。悪いけれども、今日はもう、店じまいなんだ。お得意様が来るんで、お嬢さんの相手はしていられないのさ」 「閉店の看板、無いですよ」  ヨネが吹き出した。おなかを抱えて笑い出す。覚はそんな彼女を睨んで「なんだよ」と不機嫌そうに言う。 「貴方の負け」彼女は流れた涙を拭いながら口を開いた。「一本取られたね。だから、前々から言っていたでしょう。早く立て札でも作った方が良いって」
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