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「うるせぇな、普段なら客もほとんど来ないし、必要ないんだよ。くそ、なんでこういう日に限って、やっかいごとが」  カラン、と小さな音がした。一同が音色を追って視線を一点に注ぐ。開いたのは店のドア。そこから顔を出したのは、ひげ面の男性だった。はち切れそうなスーツ、重い体を引きずり、店内に入ってくる。  覚が舌打ちし「間が悪い」とつぶやいた。 「やぁ、元気にしていたかな諸君!」彼はご機嫌な調子で片手をあげた。「ほらほら覚君、そんなに嫌な顔しないの。あ、ヨネの姐さん、今日のおすすめをヨロシク。肉じゃが、野菜控えめジャガイモたっぷりで」 「芋は野菜だよ、(あずま)」切り返したヨネがカウンターへ向かう。「佐代里さん、本当に後が有るの。悪いけれども、今日は帰って頂戴」  話が振られたことで、東の目がわたしに向いた。一瞬だけ不思議そうな顔をした彼は、すぐに目を輝かせる。 「もしや、キミが3人目の魔女かい!」 「え」  何ですか、と訊くより先に、東がドスドスと近づいてきた。大きな体のどこにそんな力があるのか、蛭のように素早い動きである。 「おい、クズ警部。このお嬢さんに近づくんじゃねぇぞ」  脇をすり抜けられる前に、覚の白い手がスーツの襟首を掴む。 「ぐへ」カエルが潰れるような声を漏らした東は、首の前ボタンに手を伸ばす。「覚君! 酷いじゃないか。ボクを締め殺す気かい」 「感謝しろよ、性犯罪者になる前に止めてやったんだから」そこまで言ってから、覚はわたしに目を向ける。「やっかいな奴だとわかっただろう? 早く行け。もう、二度と来るな」 「待て待て待て。ボク、言ったよね。今回の依頼には女の子が必要だって。だから、きちんと雇っておいてよってさ。でも、見た限りかわいい子は彼女一人しかいないし……。よし、決めた。ボクが彼女を雇おう」 「はい、ついて行きます」 「おい、そこ。冗談に乗るな」  挙手したわたしに覚が冷たく告げる。だが、わたしには気になって仕方が無いことがある。だから、彼について行きたくて仕方が無いのである。 「あの、魔女って何ですか」 「聞き違いだ」バッサリ切られる。「彼女はただのお客だ。巻き込むなよ」 「え、魔女じゃないの?」  覚が顔を覆う。わたしは、東のことが少しだけ好きになった。素直な人間は、それだけで魅力的なのである。 「ちゃんと聞きましたよ。もう、ごまかせませんね」わたしはにんまり意地の悪い笑みを浮かべた。「あと、お客だと紹介したいのであれば、きちんと占ってくださいね。上客の仕事が終わるまで、ちゃぁんと待ちますから」 「おかしくないか」覚はうんざりとした様子で言った。「僕たち、初対面だぞ。そんな相手に、ほいほいついて行くなんて……お嬢さん、頭は大丈夫か」 「生憎と、人なつっこいのだけが取り柄なんです」 「肝っ玉の強さは折り紙付きだよ」  醤油の香りとともにヨネが現れる。手にした茶色いお盆には、四角いお鉢が三つ。四角い板では、箸が踊ってチャカチャカ音を立てていた。 「あ、配ります」  わたしが手を伸ばせば、ヨネは笑って手渡してくれる。そして「ほらね」と東に向き直って見せた。 「私だってこの()と出会って1時間と経っていないのよ。でも、此の様に分け隔て無く接して貰えている。不思議よね、彼女には人を魅了する何かが有る」ヨネはふむふむ頷きながら、腕を組んだ。「まぁ、出会い頭に『玉葱』なんて発するくらいの度胸は持ち合わせているから、常識外の事をさせても問題は無いでしょう」 「え、何怖いこと言っているんですか」わたしはお鉢をお盆から下ろしつつ、ヨネを見上げた。「別に、特別強くはないですよ。就活しているうちに妙な人に会う機会が多くなってきて、どんな人にも動じなくなっただけです」 「確かに、世の中には意地悪な面接官も多いからね。あ、ありがと」  東にお鉢を手渡し、今度は覚に向き直る。仏頂面のまま、彼はわたしを見ていた。 「やっぱり、わたしって変ですかね」 「自覚があるのなら、大概にしておけ」覚は左肘をつき、手のひらに顎をのせた。「占いなら後日してやる。なんなら、無料で。だから、この件には首を突っ込むな。あんたは赤の他人だ」 「キミがあしらっても、ボクが雇うから意味が無いよ」東が箸を持って言う。「見た感じ良い子そうだし、人当たりだって悪くない。今回ばかりはどうしても女の子が必要だからね、反対されても手伝ってもらう。キミが用意してくれなかったせいで、当てがないのさ」 「……お嬢さん、断るなら今だぞ」 「え、やりますけど。だって、東さんすごく困っているみたいだし」  眉をハの字にさせている彼を見てしまえば、なおさら嫌とは言えない。 「それに、気になりますもん。魔女って何なのか」 「純粋な好奇心か。どこまでが誠かね」覚が嫌そうにつぶやき、立ち上がる。「東」 「なに?」 「忠告は、一度限りだ。余計なことは話すなよ」  冷たく告げて、わたしを見下ろした。口調の割に、目だけは温かい。 「お嬢さん、鉢はあんたの隣に置いてくれ。箸も」 「なぜです?」 「俺はいらない。それは、客人の分だからさ」  ドアが再び鳴る。皆が首を動かし、入ってくる人物を見る。こけた頬、痩せた体。不健康そうな男がわたしたちを見つめ、そしてうなだれる。 「さぁ、営業開始だ」  わたしの横で、覚の低い声がした。
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