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「はっ。随分抽象的だな。あんた、占いに行くのはよした方が良いぜ。嫌われるぞ」
「他の方々には悪いが、ボクはキミ以上に腕の良い占い師を知らないよ。というよりも、キミ以外の占い師は信頼していない。なんせ、言葉はハズレばかりだ。しかし……キミの占いは、必ず当たる」
そんな馬鹿な。わたしは叫びかけた自分の口を押さえる。真剣な顔で言う東を見てしまったからだ。
結果は気休め、捉え方次第。占いに対し、わたしが抱いている印象はその程度だ。だって、絶対なんてものはないから。ニュースの星座占いを見たって、それが100パーセント当たる保証なんてどこにもない。ちょっと気にはしていても、言われた通り、ラッキーアイテムを肌身離さず持ち歩く人間がどの程度いるのだろう。
わたしは、いい部分だけ抜き取って少しだけガッツポーズするばかり。つまり、占いという事象をさほど信用していない側の人間であった。
東だって、明言した。信頼していないと。だが、その態度には例外がある。
「覚さんって、そんなに腕が良いの?」
「そういう次元じゃないよ」
東が首を振った。だが、目だけは覚をじっと見つめている。正確には、その手元を。タロットを規則正しく並べるその技を盗むように観察していた。
「あれは一種の才能だ。いや、特殊能力とでも言うべきかな。粛々と受け継がれし、古の魔術……」
「東」覚が短く呼ぶ。「余計なおしゃべりは不要だ。始めるぞ」
お鉢はヨネに回収され、不要な物がなくなった机。その中心にカードの山が置かれる。
「彼と話をしても?」東が頷くのを確認してから、覚は隣の朝比奈の顔をのぞき込む。「はじめまして、朝比奈さん。僕は覚と言います。無理はしなくてかまいません。もしもお話が出来そうであれば、何か声を出すか、あるいは、首を縦に振ってください。難しい場合は、何もなさらくて大丈夫です」
優しい声色だった。つられたのか、朝比奈の顔が上がる。うつろな瞳に少しだけ光が宿っていた。しかし、ただそれだけ。覚が望むような、肯定の反応はなかった。つまり、覚は拒絶されたらしい。
「どうする。このまま続けることは可能だが、第三者を解すると正確性に欠けるぞ」
「承知している。つまり、彼の口から話が聞きたいんだろう?」東がわたしを見た。「佐代里君……で良いかな。キミの出番だ。悪いが、彼に話し掛けてみてはくれないだろうか」
「それはかまいませんけれども」わたしは、すっかり自信をなくしていた。「あの。わたしなんかで良いのでしょうか。プロの覚さんすら、こうやってあしらわれているのに」
「良いんだよ。今の朝比奈君にとって、これが通常の反応なのだ。ただし、これは男に限る」
「それを先に言え」覚が唇をとがらせる。「わかっていれば、誰かしら用意した。お嬢さんの手だって患わすことがなかったじゃないか」
「だから伝えていただろう? 女の子を雇っておけってさ」
「おっさんの趣味がついに暴走したかと思ったんだよ。くそ、めんどくせぇ」
カードの山に覚の手のひらが乗る。先ほどの女性客のように、苛ついて床に吹っ飛ばすのではないか。ハラハラしたわたしであったが、さすがの彼も商売道具に粗相はしなかった。ただ腕を前に伸ばし、束を押しのけた。
つまりは、わたしの目の前にカードが来たわけで。
「どういうことです?」
「話し掛けるんだろう。話の途中でかまわないから、カードをシャッフルさせてくれ。やり方は途中で指示する。あんたは、繰り返して伝えれば良い」
「あ、ちなみに、キミは今から優美さんだから」
「はい?」
「優美、優美なのか」呑気な東の声に強い反応を示したのは、今まで無気力だった朝比奈だった。「どこへ行っていたんだ。君を探して俺は、ずっとずっと……」
肩に手が回る。指が食い込むほど強く握られ、わたしは痛みで声を上げる。すがるように東を見るが、首を振るばかり。助ける気はさらさらない。それどころか、立ち上がろうとする覚の膝に手を置いて、力をかけている。
「おい東、さっさと手をどかせ」
「嫌。だってキミ、彼を引き離すつもりだろう? それじゃ、意味ないもん」
つまり、わたしは自力で彼を説得しなくてはならない。だが、どうしよう。優美という人物は、どのような女性なのだろうか。そもそも、誰なのか。
「あ、優美さんっていうのは、彼の亡くなった奥様の名前ね」
おぉぃ。わたしを何歳だと思っているんだ。覚も唖然としていた。
「いや、さすがにお嬢さんが不憫だって」
「本人が了承したんだから、ボクにもどうしようもないさ」東はにっこりと、悪魔的微笑みを見せた。「さぁ、優美さん。お給料が欲しかったら、存分に働いておくれ」
わたしは東を睨む。だが、笑って流された。ーーこうなれば、仕方がない。腹を括ろう。
「……アカリ?」たどたどしく呼んでみれば、朝比奈の顔が輝いた。「わたし、肩が痛いの。ちょっと力が強すぎないかな」
「あぁ、ごめんよ。興奮していて」
どうやら、名前さえ呼んでやれば、いつもの調子でも良いらしかった。わたしは離れる朝比奈の顔をじっくりと見つめ、軽く微笑む。つられるように笑う男の顔は、もはや死人じみたそれではなかった。ようやく血が通い始めたらしい。目の奥にまで光が見える。
「ねぇ、占いでもしましょうよ。あなた、ちょっと疲れているみたいだから」
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