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キメラとの戦闘がはじまる少し前。ロイスは勇者であるレイに、なるべく早く魔王の元に行くべきと提言した。
それをどう間違って受け取ったらそうなるのか。
「先を急ぐことが派手にやることだと思ってるのか? 随分単純な頭だな」
言って、ロイスはレイの手を払いのけ、襟元を正した。
ついロイスの言葉に棘がたつ。
案の定、レイはこめかみをピクリと引きつらせた。
そんなレイの反応に気づかないふりをして、ロイスは続ける。
「魔王と戦う前に疲労困憊なんて馬鹿らしい。姿を隠しつつ、最短距離を行くのが理想だろう。そういう意味で急げと言ったんだ」
なのにこの勇者ときたら。
派手な攻撃を連発して、敵をおびき寄せる真似ばかり。これでは逆に最長距離を行こうとしているのではと、問いただしたくなる。そうして消耗したところをたたかれたら、どうするのだろう。
ロイスが、死に急いでいると形容したくなるのも仕方ないだろう。
そもそもロイスがその提言をしたのは、彼らのためでもあった。
魔界とは、人間界と同じ場所に存在しているもう一つの世界。そこにあるのに、感じられない。触れられない。そういう同一の場所にありながらまったく違う世界。それが魔界だ。
未知の世界なのだ。
だから、まさか魔界が終始夜であるとは思いもよらず、のっけから調子を崩された。
さんざん彷徨ったあげく、魔物の大群に襲われて序盤から悲鳴をあげること数回。
勇者は疲労が溜まってきていたし、今は勇者の両脇を固めるように立っている二人の少女も、ずいぶん前から疲労を滲ませていた。
目に見えてそれがわかっていたからこそ。ロイスには珍しく人を、彼らを気遣ったからこそ戦闘を避けてほしいという提言だったというのに。
まるで、無視。
むしろ、ロイスの身勝手のような言い方をされれば腹も立つ。
ロイスは勇者の両脇の二人の少女をそれぞれ見遣った。
どちらもタイプの違う美少女だ。
ロイスの言葉はダメでも、二人の言葉なら聞くかもしれない。なんとか言ってやってほしい。そんな風に思う。
が、どうやら望む通りにはならないらしい。
ロイスの前に、おずおずと一人の少女が進み出た。
「ロイスさん。その……勇者様は消耗されてますし、急ぐのは無理だと思うんです」
そう言ったのは、パーティで唯一回復の魔術を使える少女、エスター。
つい先程吹き飛ばされたばかりの後衛の少女だ。その他様々な魔術を行使する万能な魔術師でもある。
ロイスの視界の端で、茶色の髪がふわふわと揺れた。
進み出たかと思えば、勇者を擁護。発言が気に入らない。
──これだから人間相手は……。
ちらりと横目でエスターを睨んで。
「わかっている、今はな。だから“最初”に大技はよせと言ったんだが、聞かなかった勇者に何か言うことは?」
とつっけんどんに返した。
うっ。と口籠ったエスターを黙殺して再びレイに視線を戻す。
「お前も俺に問題があるって言いたいのかよ!」
エスターに対してまで怒りを顕にする勇者を、今度は勇者と同じ黒髪の少女がたしなめた。
「まあまあ、落ち着いてレイ。ロイスも。たしかに騒ぎすぎたかもだけど、勇者の技は大技が多いものよ。仕方ないわ」
前衛で戦っていた黒髪の少女──ミランダは抜き身の槍に鞘をかけながら、ロイスにだけ見えるように眉を下げてみせた。
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