3人が本棚に入れています
本棚に追加
静まり返った電車基地。最後の点検員が基地を後にするとおもむろに基地内は騒がしくなる。
「あーーーー!今日もきつかった!!!」
「いやまじ、キツいっすね!いったい何往復させんねん!みたいな」
「フォフォフォッ。お主らまだまだじゃのーー」
停車中の列車たちが口々に話しだす。
みんなの声を聞きながら、僕は少し羨ましいなと、ほんの少し寂しい気持ちになった。
僕はまだ完成してから間もない列車なのだ。
出番はまだない。
けれど来るべき時のために、先輩たちの言葉は一言一句聞き漏らさず耳を傾けている。
組み立て途中の生まれかけの時から、僕の夢は「列車オブ列車」、最強の列車になることなのだ。
僕は僕が組み立てられていた時を思い出す。
僕を主に見てくれていた、技師のチーフの山口さん。
僕は彼にとって定年退職前の最後の仕事だったらしい。
そのせいか、とりわけよく現場で僕が作られる様子を気にしてくれてたし、よく声をかけてくれていた。
「お前は僕が知る中でも1番の列車だ。世に出て最強の列車になるんだよ」
その言葉を聞きながら僕は成長してきたから、刷り込み、といっちゃ刷り込みだけどそうなるのだ、という使命に似た思いを抱き続けている。
でも、最強の列車って一体どんな列車のことなんだろう。まだ出番のない僕には全く検討がつかない。
「みなさん、最強の列車、ってどんな列車だと思います?」
僕はふと基地の先輩達に尋ねてみようという気になって口にしてみた。
「へ?なにそれ、お前線路に出る前からそんなこと気にしてんの?」
比較的若い世代の先輩が何馬鹿なこと言ってんだ、と言いたげに聞き返してきた。
「僕の、夢なんです」
怯むことなく、答えてやった。
だって、これはぼくの夢だけじゃない、山口さんの思いでもあるんだ。
「最強の列車ねぇ…。俺はやっぱり一度にどれだけ人を乗せて走らせるかってことじゃねぇかと思うなぁ」
中堅どころの列車が口を開いた。
確かに彼は、朝の時間帯に走ることの多い列車だった。
どれだけ人を乗せても不具合を起こしたことがないのが誇りだとも言っていたのも覚えている。
「確かに、どれだけ人を乗せるかもだいじかもしれないけどな、やっぱりそこは美しい外見で外の人の目を楽しませる列車じゃないかしら?」
鉄道会社とあるアニメ映画のタイアップキャンペーンで、車体に色々な絵を描かれたオネェ列車も自分が一番とばかりに声を上げる。
「そうじゃなぁ、人をたくさん乗せるのも大事、美しい見た目で乗ってない人を楽しませるのも大事。
だがな、長年きちんきちんと、仕事をこなしてこその最強じゃないかえ?」
相当なキャリアを積んだ列車がのんびりとした口調でみんなに問いかける。
それもそうかもしれないな、
雨風に負けることなく、長くのってもらってこそという気もする。
僕はひとり心の中で頷いた。
「ケッ!ばか言ってんじゃねーや。
列車はスピード!スピードこそが命なんだよ!」
特別仕様の特急列車が、今まで全ての言葉を蹴り散らすように割って入ってきた。
「おいおいそれは特急列車なんだから当たり前だろ?」
先程の中堅列車が不満を隠そうともせずに反論している。
「は?ひがんでんじゃねぇよ」
特急列車がかみつく。
あ、これなんかヤバい。喧嘩になりそうだ。
僕はなんとかこの場を納めなければ、と口を開こうとした。
その時、バタン!奥の扉から誰かが入ってくる音がした。
「連結部に不具合のある列車が…」
「ひとまず、明日は別の列車で代替するか」
「ですねぇ、とすると、明日の朝は…」
鉄道会社の人が2人ピタリと僕の前で止まった。
急遽、僕は予定より早く世に出ることになった。
次の日の朝、ベテランの運転士さんがやってきた。
目尻のシワが優しげで安心する。
「おはよう、急なデビューになっちまったなぁ。お互い記念に残る良い一日しような」
ニコニコ笑って声をかけてくれた。
良い人と一緒の時間を過ごせそうで良かった。
こうして僕は駅から駅へ、たくさんの人を乗せて走り続けることになった。
朝は初めてのことだらけだし、びっくりするほど駅に人がいて、緊張してたけれどさすがに昼近くになるとそれも落ち着いてきた。僕も駅に入ってゆく時に横目でホームにいる人の顔や様子を眺める程度には余裕が出てきて楽しさを感じられるようにもなってきた。
「いい感じなんじゃないかい?」
僕に声をかけてくれる運転手さんに面と向かって返事はできないけど、心の中で
「おかげさまで」
と返事をする。
ホームにいる小さい子が僕に声をかける
「電車さんバイバーイ」
もちろん返事はできないけど、心の中で手を振りながらホームを離れる。
実際に線路を走るってこんなに楽しいんだ!
僕は列車として走れることの楽しさと幸せを噛み締めながら走り続ける。
ある駅に入ってゆく時、馴染みのある姿が目に飛び込んできた。
「山口さんだ!!」
僕は思わず叫びそうになった。
山口さんは山口さんと同じ歳くらいの女の人と一緒だった。多分、奥さんだ。
時々僕に話してくれてたから、想像だけどなんとなくそう思う。
気づくかな、わかるかな、僕だって。
僕は全神経を山口さんの乗る車両に集中させる。
山口さんの声を聞くためだ。
「付き合ってもらって悪かったね。どうしても、この時間のこの列車に君をのせたくて。この列車はね、僕の最後の仕事だったんだよ」
「あら、そうなんですねぇ」
「後輩の吉本が運転してるんだ。わざわざ教えてくれたんだよ。僕の最後の仕事を最後まで支えてくれた君と分かち合いたかったんだ。今までどうもありがとう」
「こちらこそ、ありがとう。嬉しいわ」
「この列車はね、乗る人が幸せになるようにって思いながらつくっていてね。作りながらいろいろな話をしたよ。そうだ、君の話も、時々聞かせたなあ…。それもあってこの列車に乗りたかったんだ。夢が叶ったよ」
山口さんは感慨深そうにしみじみと奥さんに話していた。
僕を生み出してくれた山口さんに、ありがとうって直接伝える日はやってこないと僕は知っている。
でも、乗る人が幸せになるようにと願いを込めてくれたのならば、僕はその気持ちを乗せて走ってゆこうと心に決めた。
多分、山口さんがあの時に話してくれた『最強の列車』ってそういう意味なんじゃないかなぁって思うから。
終点まで乗ってくれた山口さんは、僕から降りる最後のお客さんだった。
誰もいないくなった車両で
「ありがとうな、君に乗れて幸せだったよ」
と僕に声をかけてくれた。
僕は、もう一度全神経を集中させて、
「山口さん、ありがとうございます!お元気で!」
と、念じた。
伝われ!伝われ!と思いながら。
もしかしたら、本当に僕の言葉が聞こえたのかもしれない。
山口さんは扉を出ようとした足を一瞬止めて振り返り、いつも見せてくれたあの笑顔で僕にニッコリ笑ってくれたのだった。
最初のコメントを投稿しよう!