宿縁

1/9
前へ
/9ページ
次へ
私は親の顔を知らない。 物心ついた時には人里離れた山奥のあばら屋に、(ばば)と二人で暮らしていた。 婆の両目はどろりと白く濁り、(めしい)に見えたが針穴くらいの光は差していたようだ。 口を聞けぬのかと思うほどに寡黙ではあるが、こちらから問いかければぼそぼそと返事は返ってきた。 日々の賄いは家の周りにある、僅かばかりの畑で採れる野菜。 粟やひえなどの雑穀は、三月(みつき)に一度婆が山の麓にある『郷』で求めてきた。時には土産に菓子などを携えてくることもあった。 背負子(しょいこ)を担ぎ、まるで健常のように急な坂を下りて行く。 その間、私は留守居だ。 独り暇を持て余す中、賑わっているであろう郷の様子に思い做し、いつしか憧れを抱くようになっていた。 何度か一緒に行きたいとせがんだが、それは終ぞ許されることはなかった。 婆との暮らしは特段に楽しいことも無かったが、悲しむべき出来事も無い。 湧き出る清水を静かに運ぶ小川のように、ゆるゆると流れる時を過ごしていた。 あの日までは___________________
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

20人が本棚に入れています
本棚に追加