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大きな窓からさしこむ木洩れ陽。
彼女の家の中を照らし出す淡い光。
静かに流れはじめたのは、「この素晴らしき世界」。
毎日のように夫にせがまれて彼女が演奏していた曲。
「いってらっしゃい」「いってきます」
「おかえりなさい」「ただいま」
ふたりで食事をつくり、掃除し、戯れあい、景色をながめ、誕生日を祝い、あちこち旅して、愉しく笑い、夫が大病を患ったときも明るくはげましてきた、追憶の日々。
彼女が死の瞬間によみがえらせた記憶。
もう一度、それらを現実の中に刻み直すかのように、無人の部屋の中にくりかえし映し出される、疑似体験コンテンツの立体映像と、終わらないバイオリンの音色。
窓の向こうには、つかの間噴煙を吐くのを休んで、真っ白な雪を被った円錐形の山。
そして、巨大なその山の前に広がるのは、年ごとに緑を深くしていく樹海……。
(了)
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