2章─13

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2章─13

野球の神様ことベーブ・ルースのみならず、バスケ界の神様であるマイケル・ジョーダンにすら怒髪衝天の勢いでお叱りを受けるであろう。 21世紀どころか過去と未来を足しても類を見ないほどの超特大反則行為をした結果、はぐれ騎士の右手(腕は残っている)と左足、心臓部、右腎臓部を撃ち抜く事が出来た。僕としては試合が決まったかに思えたが、そうは問屋が下ろさなかった。正確にはベーブ・ルースがまだまだお怒りだったのである。 ボークにはペナルティが必要である。僕が犯したルール違反は流石に度が過ぎていたと判断されたらしい。身体中が軋み、左目は見えず、左肘は粉々で、小腸が蝶蝶結びにされ(比喩ではない)、足の指の関節は全て外れている。他にも把握できていない痛みが体を支配する。常人では立っていられる痛みではない。これで哀全を倒せていたのならば良かったけれど、はぐれ騎士ですら倒しきることが出来なかった。加えて哀全は追加で何やら召喚したらしい。もう右目の視界もぼんやりしていてよく見えない。多分僕は泣いていたと思う。それが涙なのか血なのかさえわからなかったけれど。はぐれ騎士はとどめを刺そうと剣を持ったが、体のバランスが悪いのか、力が残っておらず直ぐに落としてしまう。諦めたのか素手でこちらに歩いてくる。歩くといっても足は1本しかないので、から傘小僧のようにジャンブして近ずいてくる。 待てよ、せめて人思いに剣で楽に殺してくれ。素手で殴り殺されるなんて拷問じゃないか。しかし、はぐれ騎士は僕を殴りはしなかった。その場に倒れ込んでいる僕を引きずって哀全の元まで連れていったのだ。この距離くらいお前が来いと言ってやりたかったが、出たのはカバのうめき声みたいな音だけだった。直ぐに殺されるかと思ったけれど、哀全は拷問でもなんでもして閑庭富魅娘の聞き出したいらしい。 哀全は座ったまま、ドクマに僕をイエス・キリストの貼り付けのようにした。 「景気づけに一発いくか」 はぐれ騎士が僕の蝶蝶結びにされた小腸を殴る。 今度は群れからはぐれた小熊が出したようなうめき声が出た。 「閑庭富魅娘の居場所を言ってくれりゃあ、これからの人生で食事は楽しめる位の怪我にしといてやる」 怪我で済ませんなよ。瀕死だ。 もういいのかな。僕結構頑張ったんじゃないかな? 十分過ぎる程にやれることはやったんだ。 「何も言わねえな。しゃーない、もう一発いけ」 今度は何も出なかった。お前が殴るから喋ることもできないんじゃないか。しかし、哀全に彼女の居場所を教えるにも、彼女を連れてくるのも僕には出来ないのだ。連絡手段もなく、彼女が何処に住んでるのか、好きな食べ物は何なのかさえ知らない。 「杏肋よぉ、早くどうするか決めた方がいいぞ。じゃないと死んじまう」 はぐれ騎士が助走を付けて振りかぶる。 「——こりゃあまた無様な顔をしてるわね」 彼女はそう言ってはぐれ騎士を制止する。 甘い香りで髪の毛の繊細さまで想像できてしまう彼女の姿は掠れて見えないけれど、その声だけでも美しさは健在だと分かる。それだけで痛みも吹き飛んだ気分になる。そんな美しくもかっこいい彼女が邂逅二言目に発したのは、 「許して下さい、何でもします」 あろうことかこの世でも彼女に最も似合わない言葉だった。
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