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2章─8 初恋
ひとしきり笑い飛ばした哀全はあぐらをかいていた足を解き、寝転がって、また喋りだした。
「いやぁ悪いね、どうしても堪えきれなくて。だが気にするな、さっきのお前の一言で笑ったんじゃない。お前の今の境遇に笑っただけさ。まさか、あの女の正体を知らないで戦っていたとは思わなかったもんでね」
そう説明されても僕には何がおかしいのか分からなかった。まあ夜遅くにいきなり女にカツアゲの様なことをされ、その帰り道に怪物と戦う、というのは滑稽というよりかはお気の毒といった感じであるが。
哀全は続けて言った。
「まあ俺がお前に持ち掛けた取引をするにあたって、まずは閑庭富魅娘の凄まじさを知らないことには話にならん。だから教えてやるよぉ、あんまし引っ張る程の話でもないしな」
僕は彼女のことをかなりレベルの高い人格者だと評価している。僕なんか到底敵わない、横に立つなんておこがましいくらいに。
なんなら、人類として先のステージに立っていると言ってもいい。しかし僕の評価はそれ以上でもそれ以下でもない。
だけれど、哀全にとって彼女と会うためには僕を殺すこともいとはない程の価値が彼女にはあるのだとしたら、一体それはどれほどのものなのだろうか。
「あの女はよ、一言で言うとキャプテンなんだよ。それも全宇宙の」
「へぇ、全宇宙とは、比喩にしては大きくでたものだな」
今度は僕が哀全を笑ってやろうかと思ったけれど、僕には人を煽る勇気はないから真顔ですかした。
「いやいや、これはデタラメな比喩ではなくて、そのまんまの意味なんだよ、杏肋ぅ。
それはさながら、お前の初恋時の心に躊躇することなく刺さった淡い恋心くらい、真っ直ぐだ」
「お前は僕の初恋の何を知ってるんだ!!
嫌なことを思い出させるな!」
当時、これが恋心かと気づくのには随分時間を弄したものだ。いや気づいてはいたのだけれど、認めたくなかっただけかもしれない。
「てか、僕の初恋の話なんてどうでもいい。
全宇宙というのが、そっくりそのまんまの意味であることの方が今は重要だ」
……自分で言ったことだけれど、心臓じゃない何かが少しチクッとした。
「そうだな、お前の叶わなかったどこにでもある、ありふれた初恋の話なんてどうでもいいことだぁ」
もしこの世界がアニメ化されたら僕の初恋の話で12クール使い切ってやる!その時お前の出番はないと思え!
ハンカチの用意は済ませておくんだな。
「一言で言ってもわかんねえなら、切り口を変えよう。お前宇宙人って信じるか?」
僕はその手の話に考えがないでもない。
「まあ幽霊はいないけど、宇宙人はいるっていうのが僕の持論だな。死んだら灰になるだけだけど、こんだけ広い世界なんだから、宇宙人はいてもいいと思う。まあそれでも、心霊系の話を聞いた後なんかは夜道を歩くのは怖いけどな」
「俺も概ねそう思うぜ。宇宙人は確かにいる。だが一つ訂正すると、人っていう種族は地球にしかいないってとこだ。もしかしたら人と構造が全く同じ生き物が違う惑星にいるかもしれないが、それは稀だろう。つまりここでいう宇宙人というのは宇宙外生命体と言った方が正しいということだ」
なるほど、確かにその通りである。
「でもそんなのただの言葉の綾だろ」
「いやいや、もし宇宙外生命体がいれば案外気にしてるかもしれないぜ?あんな下等生物と一緒にされたくないってな。まあ今はめんどくさいから宇宙人と言わせてもらうが」
なんだよ、じゃあ言うなよ。今の会話全く無駄だっただろうが。
「おいおい、今の会話全く無駄だっただろうが、みたいな顔をすんなよ。いいか?人生ってのは無駄を楽しむために歩いて行くもんだ。お前は若いから分からないかもしれないが、いずれ分かる時がくる」
まさか敵に諭されるとは思ってもみなかったがその言葉は素直に聞いておこうと思った。今の日本人は忙しなくてやるべきことしか出来ていない気がする。
でもその教訓も生きて帰らなければ、本当に無駄になってしまうのだが。
「話が逸れてしまったな。ええと……」
「宇宙人を信じるか?ってとこまでは建設的な会話だったはずだ」
ん?途中僕の可愛い初恋の話があったって?
……忘れろ。
「ああそうだ、そうだったな。まあ切り口を変えると言ったが辿り着く先は同じだ。だから順序立てて喋ってるのはやめにする」
哀全は面倒くさい、と言ってから、咳払いで間をおき、
「閑庭富魅は宇宙人だ」
と、変わったのは寝方だけで、相変わらず突拍子もない結論だけを吐いたのだった。
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