第1章 ナニこいつ怖い

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第1章 ナニこいつ怖い

 今日は朝から凄いことを聞いた。それはまるで某少年誌に連載しているラブコメのような出会いをした男がいる、とのことだ。そんな凄いことが起こるとは今でも信じられなくて、そして現実に漫画の様な展開があることが何より嬉しかった。もしかしたらその話の中心にいたのは僕だったかもしれないんだから。それだけで救われた気がする。 下校時刻にはあの話はとっくに学校中に知れ渡っていた。いやしかしいくら情報社会とはいえ、情報が広まるスピードが早すぎやしないか。 友達がけっして多くはない僕にまで情報が昼頃には回ってきた。と言っても僕は独自のルートで朝には情報を手に入れていたのだけれど。可哀想に、本人達もあれだけ広まっていてはやりづらかろう。 今は下校時刻をかなり過ぎていて、辺りは暗くなっている。本屋で立ち読みをしていた時の店員さんの目がなかなかに痛かった。 家への帰り道は難しい道はなく街灯もしっかりあるので安心だ。僕は男だからあまり夜の道を怖いと思ったことはないのだが、女の子になるとやはり怖いと感じるのだろうか、などと考えてみる。 うん、普通に怖いな、男でよかった。まあ男が襲われない保証はどこにも無いのだけれど。 そんな興味本意のせいかか、破滅願望のせいかか、それともただの気まぐれか、あるいはさっき読んだ漫画に影響されたのか、必然だったのか、僕はいつもと違う帰り道を選んでしまった。 それがいけなかった。この時にいつもと同じ道を歩いていれば、あるいはさっさと家に帰っていれば。でも僕は彼女に出会ってしまった。 まるでアニメの冒頭シーンのように劇的に、衝撃的に、運命的に出会ったのだ。 でも僕は思う。それは全然僕には分不相応で、荷が重くて、ただただ偶然だったんだってこと。 ② 「ねえ、そこの君。止まりなさい。」 突然、何の前触れもなく彼女は僕の頭上から言った。頭上というのは僕より身長が高いからではなく、物理的に頭上にいるのだ。 そう、彼女は浮いていたのだ。しかし、突然過ぎて上手く言葉が口からと、頭からも出てこない。 いつからそこにいたのか、それとも今落ちてきたのか分からない。だがそれは1人の人間の思考回路を止めるには十分だった。こういう時、人は何もできずに固まるということを僕は初めて知った。 しかし何かのドッキリなのだろう、というのが一番適当だと判断できるようになるのにそう時間がかかるものでもない。 そうなるとこのドッキリは失敗だろう。僕はこういうのに慣れてないんだ、全くリアクションがとれなかった。スタッフの方々もため息をこぼしたことだろう。本当に申し訳ない。それにしてもこれはかなり大掛かりなセットだな。 なんせ人が浮いているんだから。 「すみません」 僕はそれだけ言って立ち去った。僕はなんて面白味のない人間なんだろうか。せっかくテレビに出れるチャンスを棒に振ってしまった。でも仕方ない、テレビに出るのは次の通行人に譲ってやろう。だって僕は本当にそういうの向いてないんだから。 「私は止まりなさいと言ったはずよ」 今度は頭上からではなく、ちゃんと地上に降りてから、少し強い口調で言い放った。流石に言葉が少なすぎたからな。しかし一体、音もなく降りたり、夜とはいえワイヤー装置が見えないようにされていたりと、そこら辺どういう仕組みになっているのか、高校生の僕には検討もつかなかった。これでテレビのドッキリにヤラセが無いことがわかり、これから良い気持ちでテレビが見れそうだと思った。 それよりも今は目の前にいる彼女の対応が先だ。僕は別にコミュ障って訳じゃないからね。見知らぬ綺麗な女性を前にたじろいだりはしない。 「ほんとすみません。僕急いでいるので。」 これだけ冷たく接していれば相手も折れるだろう。ただ早口になって余計冷たい雰囲気になったのは、相手が美人だったこともあり、罪悪感は余計に感じられたが、僕は今度こそ立ち去ろうとした。 「ちょっとは人の話を聞きなさいよ!ボケ!」 僕は怒号と暴言とゲンコツをくらった。すごく痛い。この歳で、恐らく同年代の人間に本気で殴られる事なんて滅多にないぞ。ある意味新鮮な体験だ。 「あんたなんなの、その耳についてるのは飾りなの?鼓膜をキツツキにつままれたの?もしくは脳みそがスポンジで出来てるんじゃないの?ほんっとに。私が止まれと言ったら止まるのは当然でしょうが。あんまり私にフラストレーションを貯めさせないで。どつくわよ」 彼女は早口にまくし立てた。 もうどついてるじゃん、とは言える雰囲気ではなかった。まあ確かに止まらなかった僕が悪いし(それでも言い過ぎだと思うけど)、 本当に何か僕に用があるのかもしれない。 話だけは聞こう。 「何ですか?撮れ高が皆無だからって僕に八つ当たりしないで下さいよ。僕をターゲットにした貴方が悪いんですよ。ここは人通りが少ないので、場所変えた方がいいんじゃないですか?あと人を殴る時は手加減してください。どこのバラエティーで本気で殴る人がいるんですか。ですがまあ、今回は僕のノーリアクションとでイーブンとしましょう。」 「……撮れ高が何だとかはよく分からんないけれど、私が行うことに間違いはないわ。人通りが少ない所を選んでいるのもあえてそうしているのだし。でもやはり、この人選はミスだったかしら……。いやミスだと私の失敗みたいに聞こえるじゃない。別に私のせいでこうなった訳ではないのだし。あと私の拳の威力についてだけども、人っていうのは殴った方が色々話が早くまとまるって言うのが私の人生における教訓なの。だから手加減は出来ないわ。」 「もう少し話し合いの野郎に執行猶予を持たせてやってくれ!実際それは何の解決にもなってないだろ!そんな悪魔的な教訓を掲げている教本なんてどこで売ってるんだ!!!」 しかも何気に自分のミスを僕のせいにしてなかったか。 こいつ可愛い顔してなんてこと言うんだろう。この女、見た感じ僕と同い年といったところか。髪は黒色でロングストレート、前髪ある系女子でなんとも清楚系な雰囲気を出しているが性格は結構なお手前で。清楚系ジャイアンとでも言おうか、全然萌えないけど……。っと暗くて今頃気づいたが目の前にいる清楚系ジャイアン、なんと巫女さん姿だった。かなり良い。 いや別に萌えてないよ? しかしテレビ局、よくこんな攻めた企画を実行しようと思ったものだな。 「もちろん著者は私──閑庭富魅娘でございます。先月販売したばかりですが売上はお陰様で上々にございます。見つけた際には是非とも手に取ってご覧下さいませ。売り場は全国各所の本屋に展開しているのでどうぞお買い求め下さい。お値段は税抜き3700円。けっして安くはないのですが、読めば必ず満足されると思いますのでどうかよろしくお願いいたします。」 お前が開祖様だったのかよ! 流石にその値段は厳しいと思うぜ。かんていふみこ、漢字はどう書くのだろう。そこまでは教えてくれなかった。 閑話休題 「って言うかそろそろネタバレして貰えませんか?僕急いでいる訳ではないですけど、暇な訳でもないんですよ。」 これは別に嘘じゃない。家に帰れば、今すべきことがある訳ではないけど、しなくてもいいことがある訳でもない。ただ何となく。 人生がその程度のものだってことは16年生きてれば自然と分かる。 「ふむ。君はさっきからなにか誤解をしているようだな。別に私はマネージャーがとってきた仕事を駄々こねながらも、それなりにこなしているベテラン女優ではないし、ディレクターの横暴な指示にも文句一つ言わない若手女優でもないわよ」 これがテレビでないのなら一体何だという話だ。ただの素人の変態か?その線の可能性はあまり信じたくはないな。 「……じゃあいったい貴方は僕に何の用なんですか?」 「端的に言うとね────────私の下僕になって欲しいのよ。」 彼女は唇は妖艶にそう言った。 彼女、可能性があるどころかモノホンの変態だった。下僕?今日日聞かないな。今日日聞く時代でも簡単には了承しかねるだろう。 「丁重にお断り───」 「おおっとっと。だめだめ、私の説明はまだ途中だよ」 彼女はどこかの通販番組のような口調で僕の言葉を遮った。 いや説明も何も下僕という単語が出てきた時点で後の説明を聞く気が失せたのだが。テレビ関係の人でもないのに、ここまで図々しく迫られると本格的に怖くなってきた。 「まあ今のは私のミスだね。ごめん端的過ぎた。だからもっと解した言い方で説明するね。私は見てのとおり可愛い巫女さん姿をしている訳じゃない?」 「……」 少し間が空いてしまった。こいつはなんだ、いちいちツッコミと相槌をうたないと会話出来ないのか?彼女が仲間になりたくなさそうな顔でこちらを見つめているので僕はぞんざいに頷いておいた。彼女はそれで満足したようで説明を続けた。 「厳密には巫女ではないんだけどね。つまるところ私の家は神社なのよ。そして、最近その神社を収める者がいなくなったの。私を除いて。」 「うん」 なんとなくその話の続きは予想ができる。 「だから、下僕のように、馬車馬の如く働いてほしいのよ」 話が飛びすぎだろ!ぶっ飛ぶっていうか瞬間移動してるじゃないか。 彼女が眠そうに指の関節を鳴らしているあたりもう説明する気がないというか、ただ単にめんどくさくなったんだろう。僕にお願いしている立場の人間の行動とは思えない。 僕は質問する 「えーと、それってつまり境内を掃除しろとかっていう感じのこと?」 「うーん、それだけじゃないんだけど、まあ大体そういうことになるね。要約すると」 なんだか煮え切らない言い方だったが、この後いくつか質問してわかったことがあるから良しとしよう。 まずは、神社を綺麗に保つのを手伝ってほしい。そして神社の参拝客を増やしてほしい。毎日参拝しに来て欲しい。そのためには人員が必要とのことらしい。以上。 登場の仕方が奇だったわりに、正直拍子抜けというか、内容は案外チープなお願いだった。彼女はようやく自分の言いたいことが伝わって、憑き物が落ちた様な顔をしていたけれど、僕から言わせてみればその顔をするにはまだ早すぎるのだが。 「早いというかなしだろ」 「んん?何か言った?」 僕がさっきから意識の外に置いている【彼女が宙から降りてきた】ということをもっと外に放り出しても、普通に考えて見ず知らずの神社の掃除をしたりはしないだろう。 「断るって言ったんだよ。こういうのは正式な組織に頼めばいいじゃないか。あるんだろ?非常事態に助けてくれる日本神社協会的なやつが」 僕はそんなものがあるのかは知らないが、なかったとしてもお手伝いなんてごめんだ。 「それにだ、あんた怪しすぎんぜ。新手のナンパってわけでもなさそうだしな」 彼女─宙から音もなく舞い降りた、厳密には巫女ではない、僕のクラスの中なら間違いなくナンバーワン美少女─閑庭富魅娘はまるで自信満々だったテストが欠点だった様な顔をしていた。口をぽかんと。そのギャップというか、今まで主導権を握られていた分、鼻をへし折れたことがなんだか面白かった。 「え、ええ?普通断る?確かに驚かそうと思って空飛んだし、私の偉そうな態度が人にものを頼む態度じゃないってことはわかってます! でもお願い自体はそこまで難しい訳ではないでしょう?」 自覚あったんだ……。 「確かにそうですけど、それ僕になんの得があるんですか」 「な、なんてバチあたりな!あなたの生まれてからの人生の悪行を悔い改めるチャンスを与えて上げてるというのに。あんたあれでしょ。数学はなんの為に勉強するんですかとか、人生の役に立ちませんー、とかほざいてるタイプの子供だったでしょ。そーいうのはね、いっぱしに勉強ができる様になってから考えなさい。後から理由なんていくらでも付いてるもんなのよ」 失言だったなこれは。えらい言われようだ。 というか僕は別に罪を犯してる自覚ないんだけどなあ。 「ちょっとほんとに恐いですよ。そろそろ警察呼びますよ」 この手のタイプにはこれが1番効くんだ。申し訳無いけど正直神社の掃除なんてやってらんないよ。 「ううう。や、やるわね。こうなったら無理やりにでも連れていくしか……」 彼女が獲物を狩るような、レスリングなどで見たことがあるポーズで対峙する。 「ちょ、ちょっと何するつもりですか。に連れていったって無駄ですよ。誘拐なんて金にならないぞ。はやまるんじゃない!」 「はい、なった」 「ああ?何言って────」 途端、ストンと力が抜けた。そして僕の顎から長いレシートの様な物が出てきた。 「な、なんだよこれ」 彼女はそれを僕が取るより早く雑にとった。 痛みはなかった。 「───本日、6月3日、21時3分。ここに私とあなたの間に契約が交わされたことを記す。これはその契約書ね」 僕は何を言っているのか分からないまま立ち尽くしていた。何を言えばいいのかもわからない。僕はタチの悪い人間に絡まれているのだ。マジックを周りに見せびらかしたいだけの暇人。もうこれ以上関わる必要がない。だったらさっさと帰ろう。僕は今度こそ歩みを止めまいと決めた。 「何が起こったかわかんないよね。でも説明するのめんどくさいから、体で感じて。─────跪きなさい。」 次の瞬間僕の足は正座していた。もちろん自分の意志とは反対に。今の僕はどうかしているのか。マジックのタネが分かったことがない様な僕には、今起こったことが全く理解出来なかった。それは今まで分かろうともせずにマジシャンに踊らされていた、その怠惰がまねいた結果なのだろうか。僕は彼女が跪けと言った言葉に抗うことが出来なかった。 「こっちに来なさい」 彼女はそう言ったが僕は正座したままだった。 「うーん。やっぱり今はこれくらいの命令しか使えないな」 この女何をしたんだ。タチが悪いとかそんなんじゃない。もっと違うなにかだ!気味悪い女が僕の目の前に立っている。 「これで君も分かっだろ?私と君は契約したんだ。私が主人で君が下僕だ。はーと」 気味悪い女はニコリと笑った。僕はピクリとも笑えなかった。僕はこの時ようやく理解したのだ。この女の怖さを、弱者と強者のヒエラルキーを。 こうして僕は、この世に蔓延る悪質な詐欺のどれにも敵わない程の粗末であくどいやり方でやりくるめられ、下僕となった。法律も正義も効かない、被害者が一方的に貪られるだけの惨い契約。僕はそれをただ受け入れるだけしか出来なかった。 「そう言えば、あなたの名前を聞いていなかったわね」 そうだっけ?ああ、この女最初から最後まで奇人だったし、できるだけこれからも知らない人同士でいたかったからあえて名前は言っていなかったのだった。 「太郎、ダークネス、マイケルこの中から好きなものを選んでいいわよ」 まさかの改名を要求してきた!僕の命名権はあなたが持ってるですか! っていうかネーミングセンスぶっ飛んでね? ダークネスに至っては痛すぎる。 「いや、さすがに親から貰った名前を簡単には捨てれませんよ。僕の名前は杏肋です」 「あらそう。よろしくね、マイケル」 ペットを慈しむように彼女は言った。 僕の話聞いてなかったんですね。だったら最初から僕に聞くなと言ってやりたかったけれど、もうそんな気力もなかった。もう、ただただ家に帰りたいとしか思えなかった。 合意──強引
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