第2章─1 やるしかない

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第2章─1 やるしかない

 どうしてこうなったのか、何故僕がこんな目にあっているのか。神様がいるのなら問い詰めたい。如何にして僕に困難を与えたのか。その理由が僕を納得させれないのなら、その時は殴られる覚悟をしてほしい。だがしかし、この世に神様なんてものはいないし、いてほしくもない。だから頬を赤くするのはあいつになるだろう。そんなことを考えながら、そんなことを考えている暇はないと自分に言い聞かせて、僕はひたすら逃げていた。 「おーい、逃げてるだけじゃ勝てないよ。この女ったらしがー!」 「わかってるよ!今もどうやってあのバケモノを倒すか考えてんだろうが!というか、僕には生まれてこのかた1度もモテ期なんてきてねーよ!」 「早くしろよー、もうすぐドラマの再放送なんだよ」 人に頼んでおいてその態度はなんだ。こっちは死ぬかもしれないというのに、僕に悲しいツッコミをさせるな。 しかもその後はスルーかよ、再放送なんてどうでもいいよ!録画しろよ! そして会話しつつも敵の攻撃が止まることはない。だが運動能力がそこまで高くない僕でも攻撃をかわせているのは、奇跡でも、僕の秘められたる力が解き放たれた訳でもなく、ただ単に攻撃のスピードが遅いのだ。ギリギリのとこで避けられているが、攻撃が当たればひとたまりもないことは攻撃の跡をみれば一目瞭然である。しかし、この戦いが妙に気が抜けるというか、真剣味に欠けるその理由は、今も攻撃を続けるバケモノの見かけによるものだろう。名前がたしかドグマ?だったかドノグマだったか、まあ今は名前などどうでもよいが、体が光沢を放つ金属でできているのだ。何の金属かはわからない。しかしそれ以上に特徴的なのはそのフォルムである。なんというか、コンニャク人形を想像してほしい。大雑把に形だけを人に近ずけた様な見た目をしている。これがなんとも滑稽であり、不気味さを助長している。しかし一体僕が何故怪物と戦っているのかを説明するには、時間を僕と彼女が別れた30分ほど前に遡らなければならない。 僕が彼女の付き人、否下僕になった後は以外にも、すぐに帰って良いとのことだった。もうこんな時間だしすることもないから、と僕としても訳が分からなくていっぱいいっぱいで早く家に帰りたかったから、それで良かった。 彼女はそれじゃ、とだけ言って去ってしまった。僕も家に帰りだす。恐らく今夜は眠れないだろうなと、先のことを反芻しながら。 家まで距離が残り3分の1程度になった所に駅がある。そこは無人で改札も無いから、よくタダ乗りさせてもらっている。悪いとは思っているけれど無賃せずにはいられない。正直改札を作りさえすればかなりの電車賃が正しく払われると思うのだが。 そんな僕が大変お世話になっている駅にあろうことかあの化物はいた。デカさは2m手前くらいだが、そんな特徴は特徴ともいえないほど化物はメタルメタルしていた。SF映画の悪の組織の量産型兵器のような、デザイン性を一切考えていない姿をしている。ある意味芸術的な見た目ともいえよう。まあ僕は芸術の何たるかなどは微塵も分からないのだけれど。しかし一般人がそんな怪物を見たのならば当然置物だろうと思うはずだ。もちろん僕もそう思ってた、あれが動き出すまでは。 一歩一歩ゆっくり僕に近ずいてくる。 いやしかし動いているところをみると、どこか胸が熱くなるというか、童心を燻られる気がする。巨体ロボとかゴジラを思い出すなあ。 だが、そんな哀愁に浸っている場合ではない。僕はもうこの世界がただの世界ではないことを知っている。あの女に会っていなければボクは目の前の怪物をただの動く置物か何かだと思っていただろう。だからこそ僕は怪物を見た瞬間走り出したのだ。まああの女を知っていなくても、化物の不気味さを失うことはないけれど。50メートルは走ったところで怪物の姿は見えなくなった。僕は一旦怪物が僕のことを追いかけているのかを確認することにした。あれが怪物であれ何であれ、僕のことを狙っていない可能性もある訳なのだから。角から顔を出してみる。 うわぁ、こっち来てる。ずんずんずん、と。 やっぱり僕を追ってきてるよな。どうすべきか悩んでいると、ポケットから音がなる。 メールではなく、電話だ。電話帳に登録した覚えはないのだが、そこにあった名前は閑庭富魅娘だった。いつの間にとか、どうやってとかはもう考えないことにして、僕は電話にでる。 「はいもしもし」 「もしもし私だけど、あなた今どこにいるのかしら?」 「駅をちょっと過ぎたところですけど」 「あちゃー、駅過ぎちゃったか。しょうがない、なんかその辺りにSFチックな化物がいるでしょう?。その怪物はあなたが倒しなさい。それと今から私がいう所は絶対に通っちゃダメよ。まず、小さい方の公園、古い方のコンビニ、潰れそうな歯医者、潰れた駄菓子屋、お酒が買える自販機。ここを通ると敵が増えるから注意してね」 そんなさらっと日直の仕事を押し付けるみたいに言われても僕としては非常に困る。もう他人事のような気持ちにならないと頭の整理が追いつかない。 「はあ……」 「ちょっとなにー、その覇気のなさ。今を生きる若人の有り余るエネルギーはどこにいったの。全く、負ければ死ぬかもしれないと言えば少しは殺る気が出るかしら」 僕死ぬの!?それは嫌だな。 というかこの場合は死ねば負けると言った方が正しい気がする。 けれども、いったい僕がどうやってあんな強そうなのを相手どればよいのやら。それを見透かしたかのように、彼女はとっておいたお菓子を見せびらかすように言った。 「安心なさい。現在においては、君は私の従者となっているのよ。あなたが危機にあるのなら私は何者も顧みず貴方を助けます。あなたも私が苦しい時、私に手を差し出しなさい。これは契約内容とは関係ないけれど主従関係とはそういうものなのです。私が奉公されれば、御恩を与えるのは当然の義務なのよ」 そう言った彼女の声は、電話ごしにも自分の部下に対して正しく敬意を払っているというのが分かるほどまっすぐな声だった。僕としてみれば、今だに従者になった事には納得はしていないのだけれども僕には謎の高揚感が溢れていた。彼女の声は僕の心を酷く揺さぶる。 「まあ、私が貴方にあげられるものはいまはそんなに多くないんだけれど。」 彼女は、申し訳ないことにね、と言って笑った。 「いや、僕はまだ君に何もしていないよ」 「そんなことはないわ。本当にそんなことはない」 彼女は微笑んでいたと思う。僕にはそれを確かめる気にはならなかったけれど、ただ少しだけ見たいと思った。たかだ30分前に会った女の子は既に僕の心に入り込んできていた。そのことに僕はまだ気づいていなかった。 「つまり、貴方にスーパーパワーを与えます!」 「……」 「え?お、お、驚かないの!?んん?どうして驚かした側が驚いてるのかしら?何なのこの状況」 いやあ驚いてるよ、これでも。 でもさーなんかなー。 「んもー、反応が薄いと女の子にもてないぞー」 うるせえ、ほっとけ。 「んで?結局僕になんの恩恵とやらを与えてくれるんだ?目からビームとか?炎を操れたりとか!」 「いやもう既に与えてるのよ。」 なんと。もうすでに僕の中には秘めたる力が宿っているというのか!しかし実感はない。 ……まああれば今更こんな会話してないか。 「……それは」 「そ、それは……」 ゴクリ 「──スポーツがかなり強くなるでーーす!」 彼女は意気揚々にそう言った。まるで体育祭1位でした!っというようなテンションで。 「ちっ」 「うわわ!舌打ちされた!」 いやいやいやいやいや、使えねー! 能力ランキングワースト3位ぐらいの雑魚さだよ! 「はあ、もう勘弁してくださいよ。僕嘘つくのは好きですけどつかれるのは嫌いなんですよ。っていうか、お前が戦えばいいだろうが。空だって飛べるんだし他にも色々出来るんだろ?」 「ごめんなさい。それはできないわ。嘘もついていない。私にはあなたの能力ランクGの雑魚能力ですら使えないの。」 やっぱり雑魚能力だったのかよ! 「だから、あなたが倒すしかないの。」 そうして僕が彼女に言い返そうとした瞬間、突然衝撃がはしる。あの怪物だ。タックルを喰らってしまった。電話に夢中になりすぎたのだ。とっさに後ろに飛んで衝撃を和らげたがかなり痛い。腕の骨が折れたことがないから折れているのか分からないがとにかく痛い。 そうして話は冒頭に還る。 さっきの体当たりで体のHPが大幅に削られた。もう全力ダッシュが出来そうにない。けれどもこうして攻撃が当たらないのは、向こうの攻撃スピードが著しく遅いからであり、それは不幸中の幸いといえよう。典型的なパワー型である。僕ならそんなパラメータの振り方はしないけれど。しかし、そろそろ喋る余裕もなくなってきた。 彼女もそれに気づいたのか、 「もう、切るわ。いい?くれぐれもさっき言ったルートは通らないこと。それと最後にアドバイス。──ちゃんとバッターボックスに立ちなさい」 なんだそれ?意味がわからん。結局彼女はその言葉の意味を教えてはくれず、ごめんなさいね貴方を巻き込んでしまって、と言って電話を切った。そうして僕は彼女に言われたルートを避けながら、人気のないトンネルまでやってきた。(この街には以外とこういう場所が多いのだ。) 外灯は少ないが見えない程ではない。この道はいわゆる旧道と言われるもので、今は使われてない。僕はここで決着をつけることを決めた。この場所に来るまでの途中でほぼ新品のバットを拾った。捨てたのではなく忘れたのだろうが、そんなことは知ったこっちゃない。僕が責任をもって使ってやろう。今奴との距離は20メートル程。僕は呼吸を整えてバットのグリップを強く握り、相も変わらずにずんずんと効果音が聞こえてきそうな歩みに対して真っ向から勝負を仕掛けた。相手との距離がバット1本分のところまで駆け寄り、僕は前回りで攻撃を避ける。 「よし!」 そして、最高の形でカウンターを叩き込む。これが僕の作戦だがおそらく上手くいくだろう。奴の攻撃を避けきれることは事前に確認済みで、あとは全力でバットを振るだけである。金属音特有の高い音が鳴り、手が痺れる感覚がした。結果として僕のカウンター作戦は成功したように思えたのだが、怪物はピクリともせず2撃目を繰り出してきた。 ────そのかわりに僕のバットはひん曲がっていた。 「おいおい、どーすんだよこれ。全く効いてないぞ」 僕は少し距離をとる。 僕としては今できる全力を叩き込んだつもりなのだが、バットの攻撃力をもってしても奴を倒すことは出来なかった。そろそろやばい。体力もなくなってきた。正直今ので片をつけるつもりだったからこの後のことなんて考えていなかった。っていうか僕の[スポーツがかなり強くなる]はどうしたんだ!能力を発揮した感覚はない。所詮発動していても対して役にたちそうにもないがないよりはマシだったはずだ。 「あれは嘘だったのか……」 達の悪い嘘だ……。いやその嘘を信じた僕が馬鹿だったのか。それとも勇気づけるためだったのか。僕はもう死ぬかもしれない。そう思い始めると震えが止まらなくなった。逆に何故勝てると思っていたのかさえ不思議なのだが、僕はもう戦意喪失して逃げ出していた。今までの戦略的撤退ではない、心からの逃亡。 しかし、逃げるといっても全力で走ることが出来ないから少しづつしか距離があかない。むしろ詰まってきているようにも思える。僕は無我夢中で走った。一心不乱すぎて道の段差に気づかずにそのまま下り坂をころがりこんでしまった。しかしそのおかげで奴との距離はかなり大きくなった。逃げ切れる、そう思った瞬間一気に疲労感が込み上げてきた。 「はは、そりゃそうだよ。今は部活もやってないんだし、ここまで走れたことが奇跡だよ」 僕はかすれるような声で自嘲した。 心臓と肺の許容量が超えたのだろう。呼吸がきつい。まずは呼吸を整えなければ。その次は震えが止まらない脚を落ち着けないと、たらたらしてたら奴がやってくる。どこまで行けば逃げきれたことになるか分からないが、とにかく今は逃げることしか僕には出来なかった。僕はなんとか立ち上がり、逃亡を続けるために歩き出そうと顔を上げると、僕が倒れていたすぐ横にベンチがあることに気づく。そこには1人の女の子が座っていた。 見ていたのなら助けて欲しいと思ったが、この夜の人気のない場所で、急に落ちてきた人間を怪しむなと言う方が酷か。こんな所で何をしているのだろうか。少女の表情は暗くてよく見えない。 「ねえ、ここを直ぐに立ち去った方が良いよ。僕を殺しにくる化け物がくる。巻き込まれないうちに家に帰りな」 僕はそれだけ言って立ち去る。 おそらく少女は僕を頭のおかしい人間だと思っただろうが、それでもいい。気味悪がって何処かに行ってくれればそれでいいのだ。とういか、化物うんぬんよりも少女が1人で人気のない夜をふらつくだけでも十分に危ないのだ。 しかし、彼女は怖がって逃げ出そうとせず、姿勢よく座ったまま言った。 「君の奇跡は随分と安っぽいものなんだね」 僕は驚きパッと振り返る。まさか話しかけられるとは思わなかった。知り合いかもしれないと思ったが僕に女子の知り合いはいない。もちろんクラスの女子は街中で会ってもガン無視する。だから、話しかけられる理由はないはずなのだが。 「いやぁ奇跡っていうか、今の時代の若いもんはなんでも誇張表現するんだよ。例に漏れず僕もその1人な訳で、だから別に本気で思って言った訳じゃない」 「ふうん」 なんだよ、全然興味無さそうな返事じゃん。まあ特に気に触ることでもないけれど。 「──じゃあ、今君に会えたことは奇跡ってことなんだね」 そう言った彼女の温かみのある可愛らしい笑顔は月明かりに照らされてその愛らしさをさらに一層際立てていた。 やべぇ、超可愛い。体中が痛いこととか忘れてしまうほどに。 と、ここまで話して気づいた。彼女は今朝からの噂の転校生だ。あんな噂が立つもんだから転校初日から野次馬が彼女のクラスから溢れていた。実は僕もその一人というか、たまたま通りかかったからついでに見ていったのだ。その時見た顔と同じだ。その時はさほど可愛いとは思わなかったが、夜で二人きりという状況が僕の心を揺らしているのかもしれない。けれども、いくら可愛い笑顔といえどやはりこんな時間に外出しているのは怪しい。 そこで僕はふと思う。あの怪物は意思をもっていなかったように見える、と。動きが単調でまるで僕しか眼中にないような。 そしてその思想が疑惑へと変わるのにそう時間はかからなかった。つまりは、どこかに怪物を操っている奴がいるはずだ。おそらく能力の距離にも限界があるはず。そして、そいつが僕の近くにいないとは限らない。一般人を装っている可能性がある。だから、僕はこれから言葉を選んで話さなくてはいけない。 「お前は……何のもなんだ」 「私は朝から噂の転校生だよ」 「それは知っている。……ここで何やってんだ」 「んー、星を見てたの」 「ここでは、星はそんなに綺麗に見れない。そして今日は曇りだ」 彼女はそんなことは関係ないよ、と言って空を見た。 「もう一回聞く。何やってたんだ」 「ただの野暮用だよ」 「こんなところでどんな野暮な用があるってんだ?」 「もー疑い深いな。今日転校してきた子が町で迷子になったって別にいいでしょ」 ぷいっとされてしまった。アニメでしか見たことがないそっぽの向き方がなんとも可愛かった。まあその理由が一番妥当だった。 「ま、そんなに警戒しないでよ。私は君の敵じゃあない。味方でもないけどね」 「……」 確かに現状、敵か味方かわからないけれど、倒れていた僕を殺すチャンスはいくらでもあったわけで、怪物の主とは考えにくい。(だが何かきな臭いんだよなあ。たかだ数回のやり取りだけど) 「わかったよ。悪かったな怪しんだりして。そこの海が見える方の道を行けば町に出られるから、化け物が来る前に帰れ」 ようやく呼吸が安定してきた。そろそろ来るだろうから、僕は軽く足をのばす。 「お〜いいねぇocean。私は海が大好きなんだよ。どれどれ、ここの海がどれほどのしょっぱさか確かめてやろうか! ……って、その化け物というのはあれのこと?」 !?!? あの化物が坂の上に立っている。もうそんなに時間がたっていたのか。 僕はその場から走り出す。とその前に呼び止められた。 「待って、最後に私からも一つ言わせて。」 なんだよこいつ、もう化物が迫ってんだよ! 僕は一瞬迷ったが、走り出すことにした。 それを彼女は僕の手首をつかんで阻止する。 「聞いてってば、今のままじゃあ君は勝てない。あれはどこまでも君を追い続けるだろう。だからちゃんと頭を使うんだ。思い出して、大事なことを」 そう言って彼女は僕の手を離した。結局何が言いたかったのだろうか。まるで彼女は僕の今の状況を理解しているかのような口ぶりだった。あの化物をみてもさほど驚いている様子はなかったし。しかし、そのことを問いただす時間はなく、僕は今度こそ走り出した。振り返ると彼女はもういなかった。逃げ足はかなり早いようだ。そして相変わらず化物は僕に向かってきている。 僕は彼女の言葉を思い返す。 頭を使う。 さっきの作戦より良いのを考えろってか。だがしかし、たとえどんなに良い作戦を思いつこうが僕の攻撃は奴に通用しないのだ。だからこうして逃げている訳なのだが。と、ここで思い返す。彼女は思い出してと言っていた。 何を? 僕は重要なことを忘れているのか。どこか根本から間違えている様な気さえする。そういえば彼女─閑庭富魅娘は言っていた。 ──ちゃんとバッターボックスに立ちなさい それはつまりどういうことなのか僕は深く考えていなかった。おそらくメンタル的なことだろうと解釈していた。バッターボックスに立たないとボールを打つことができないと、そう僕を勇気づけているのだと。 でもそうではなく、 僕はもしかしてとんだ勘違いをしていたのかもしれない。もしそうなら逃げだすにはまだ早い。僕の考えを確かめるためには、とにかく今はが必要だ。幸いここら辺一帯はそれらがよく落ちている。僕は化物と距離が離れてきたところでペースを落とし、あるものを探す。すると案の定すぐにそれは見つかった。僕はそれを足元に置き少し助走をつけ、化け物にむかって目一杯蹴り飛ばした。 そう、サッカーボールである。おそらく何年も前から放置されていたであろうそれはおよそ、ボールというには球状を保っていなかったが今は関係ない。それがサッカーボールだという事実が大事なのだ。それでも、僕もそれが真っ直ぐに飛んでいくか不安はあったが、それは杞憂に終わる。なぜなら僕の蹴ったサッカーボールは怪物の胴体を貫通するには十分すぎるほどだったからである。 「お、おおおお……」 す、すげえ。僕が全力でバットを振ってもびくともしなかったのが、明らかに威力の劣るPKでダメージを与えることが出来た。 思った通りである。スポーツはルールに則って行わなければならないものだ。 「本当にすごい。何が雑魚能力だよ。わかりにくいこと言いやがって」 怪物が膝をつく。しかし、あの少女は何者なのだろう。敵でも味方でもないと言っていたが、今は素直に感謝したい。怪物がギギギと音を立てて立とうとしている。けれどもギギギという効果音のわりには、怪物の穴から見える中身は全然機械っぽくなくて、ただの鉄の塊だった。 そりゃあバットもひん曲がるわな。 さっきの一撃で倒すことはできなかったが、これを繰り返していけば怪物を倒せるはずだ。 僕はさっき蹴ったサッカーボールを探したが見当たらなかった。おそらく完全に破裂してしまったのだろう。なにせ鉄の塊に穴を空けるほどの威力なのだから。つまり、また新しい道具を探さなければならないのだが、この辺りがいくらゴミに溢れてるとはいえそうそうサッカーボールが何個も落ちてる訳ではない。 そして体を起こし、若干歩くスピードの落ちた怪物は文字にしておこすのも面倒になるくらい、相も変わらずズンズンズンとこっちに向かって来ていた。しかし、さっきよりも禍々しさが薄くなっている気がする。 「もうお前なんか怖くねえんだよ」 中指立てて、武器になりそうな物を探しながら道を下る。
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