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2章─6 だるそうな大人
「こりゃ驚いたな」
奴が僕と対峙して最初に発した言葉だった。
そして続けてこう言ったのだ、
「いやあ驚いた驚いた、まさに青天の霹靂のような気分だ。それに俺がこんなに驚いてるということにも驚きを隠せん。まいったなーほんとに」
よく言うよ。まるでこの展開が読めていたかのような口ぶりじゃないか。僕としては正直もっと動揺していて欲しかったのだが。
「動揺してるならそれらしい態度をとれよ」
ちなみに僕はそれなりに動揺している。それに焦ってもいる。怪物2体は撒いてきたけど、いつ追いつくかわからないからだ。
「おいおい、大人を舐めるなよ。そりゃ確かに驚きはしたさ。まさか俺のテリトリーにわざわざ入ってる来るとは思ってなかったよ。
だがな、動揺はしない。来ると思ってはなかったが予測はしていた。完成した俺の盤面に隙は無い」
奴はポケットに手を突っ込んだまま真正面から僕と向かい合っている。逃げようともせずに。
この状況も奴にとっては依然として有利には違いないのだ。
「なぁ教えてくれ、優の使者よ。なぜ俺はこんなにも驚いているんだ?どうしてお前はここにきた。俺は見ての通り驚きで思考がままならん。だから説明してくれよ」
それはさながら、学校の先生が塾で予習を済ませている生徒に問題を投げかけているかのようだった。
それに優の使者?なんだそれは。無視しよう。
というか回りくどい聞き方だな。
「────って言うことだよ」
僕はあらかたの経緯を簡単に説明してやった。
「ほお、なるほどな。いいねえ冴えてるね。
ええと、なんて名だ?」
「……」
「おいおい、名前くらいいいだろう。ここまで戦ったもの同士だ。決闘の前の挨拶としてお前の名を聞かせてくれよ」
「杏肋だ」
「では杏肋、答え合わせだ」
「ってちょっと待てよ!」
「どうしたぁ?うんこかぁ?今なら特別サービスで行ってきてもいいいぞ」
「違ぇよ。お前の名前をまだ聞いていない」
「ああそうだったか?ったくいちいち毛細血管みたいに細かい野郎だな」
ああだんだん腹が立ってきた、毛細血管どころか動脈まで爆発しそうだ。こいつの口調もなんだかムカつくんだよな。だるそうでこっちまで鬱になってくる感じ。
「哀全。ひらがなであいぜんという」
いやそれを言葉で発したらどっちも同じだろ。
待てよそれは読者に向けての配慮なのか!
だとしたら優しすぎる!!!
「で何だっけかな。ああそう答え合わせだ。森に逃げるか、俺を追いかけるかのどちらが正解だったのか。つまるところ俺を追いかけてきたことは正しい選択だった。あのまま森に逃げてみろぉ、何体ものドグマがお前を襲い掛かかっただろう」
!?!?
「ほ、ほぉ〜やっぱりな。よ、よよ予想した通りだぜ…………」
絶句した。あの深い森で四方八方から怪物に襲われたら確実に死ぬ。このまま森を抜けて遠い所まで逃げてやろうかとも思ったが、実行しなくて良かった。いやほんとに心から安堵した。
というかあの怪物ドグマって言うんだ。
「……なあ安心してるとこ悪いけどよ、そんなに甘くはねえんじゃないの?杏肋、お前は最適解を選んだつもりかもしれないが、それは殺されるか、死ぬまで殺される恐怖を味わってから死ぬか位の差でしかないだろう。最初に言ったろ盤面は完成してるって。──お前俺を殺せんのか?」
確かにその通りである。哀全を倒さないことには僕に平和な日々はやってこないのだ。その為にも秘策とまではいかないにしても、なけなしの作戦を抱えて走ってきたのだ。だからもう出たとこ勝負でいくしかない!!
今僕がいるのは公園には見渡す限りボールは落ちていない。遊具がありすぎるのだ、これでは球技をするスペースが無くなってしまうではないか、と市長に苦言を呈したくなる。
仕方ない。使い物になるか分からないが、僕はポケットの例の物に手をやる。
「待て待て、まだ話は終わってない。もう少し付き合えよ。何のためにドグマも出さずに話してると思ってんだ」
通りで怪物2体の到着が遅いわけだ。
だがこれ以上何を話せと言うのだろうか、もう既に息は整っているというのに。
「お前に本当の最適解を教えてやるよ。
───取引をしよう。俺とお前で」
「取引?そんなの僕を殺してしまえば済む話じゃないの?」
「ちがう。お前を殺しても俺には何のメリットもない」
「じゃあ何で」
「────閑庭富魅娘。ここではそう名乗ってるだろう。あの女が俺達の本当の狙いだからだ」
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