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2章─7 おれはそんなに良い奴じゃない
「俺から求めるものはただ1つ、閑庭富魅娘を俺の目の前に連れてくることだ。それが出来ればお前の命は保証してやろう」
そう言った哀全は敵意など皆無と言わんばかりにその場に座り込んでしまった。けれども僕は全く臨戦態勢を解くことが出来なかった。意味不明過ぎて、分かりやすい罠に見えて仕方がないのだ。だって散々僕の命を狙っておいて、会った途端に命は取らないと言われても信用できっこないだろう。
「そう、それでいい。常に警戒することを忘れるなぁ。それさえしていれば大体のことは、ほとんど程度の低い大抵のことになるだろう。だからそのままでいいからとりあえず俺の話に付き合ぇ、杏肋」
言われなくとも最初から警戒を解く気はないけれど、僕は哀全の話を聞こうと思う。聞く必要がないと分かれば、適当なところで奴に1発いれてやればいいのだ。
そんな訳で哀全は昔話の出だしのような重みのある声で語り出した。
「まずは俺の故郷──ビルマンについて語ろう」
ビルマンという国を僕は聞いたことがなかった。多分州や地域名みたいなものだろう。ヨーロッパの方かな?こういう時もっと勉強しておけばと思うことが多々ある。ちなみに都道府県も全部は把握していない。(結構恥ずかしい)
「ビルマンは300年以上も続く長い歴史をもっていてな、資源が豊富で生活水準はかなり高い方だったんだ。うん、あそこはいい所だよ。
だが周りに比べると領土は小さい方でな、あまり武力をもっていなかった。だから目を付けられやすく、しょっちゅう戦争してた。でも俺たちもバカじゃないから、手を変え品を変えて何とかやってたんだ。資源を格安で売ったり、
他と同盟を組んだりな。けれどそれももう限界だ。あいつらに目をつけられちまったからな」
哀全は相変わらず座ったまま動こうとしない。
向こうにベンチがあるというのに、地面にだ。
僕はいつでも動けるように座ったりはしない。
「それで、あいつらっていうのは?」
「武装連軍─レーベル。自らが通るところ全てに戦いを挑み薙ぎ倒していくんだ。並の武力じゃ全く歯が立たない。こいつらは最近まで大人しくしていたが、力を蓄えていたんだろうな。あっという間に俺たちは壊滅寸前までおいやられたよ……。半分以上が同胞が死んでいった。そしてやつらは去り際にこう言ったんだ、
──1年後にまた来る。それまでにここの全てを明け渡す準備をしておけ、とな。まあここまでは理解できるよな」
……理解ねえ。
哀全は口調こそ変わらなかったが拳は震えていた。可哀想だな、と小学生並の感想を言うのは、はばかられるというのは流石の僕でも分かる。しかし16年も生きているが、武装連軍レーベルなんて聞いたこともない。まるでラノベの設定みたいだ。
「話は分かったけど、お前の胸の内にある怒りや悲しみ、執念、忸怩たるたる思いの全てを理解したとはいえない」
これは僕の性格に起因することなのだけれど、対岸の火事という言葉を思い出してほしい。
よくテレビの向こう側のニュースを見て悲しそうにしている母を僕は、頑張っているなと思っていたのだ。なぜ見ず知らずの人の心配をわざわざしているのか。そんなの疲れるだけじゃないか、と。だから僕は分かったようなことは言いたくないのだ。
「別にお前に同情を求めてはいないさぁ。俺が言ったのは話についてこれてるかってことだ。分かってんならそれでいい」
当人がそう言っているのだから僕が気にすることではない。ていうかそもそも僕を殺そうとしているんだから同情する余地はないのだ。
「だがよ、その話と閑庭富魅娘がどう関係してるんだ?……まさか武装連軍レーベルの親玉の娘なんて言わないだろうな。」
もしそうなら、あの子は人質にされるために襲われてるということになる。拷問を受けるかもしれないし、最悪殺されるかもしれない。少なくとも無傷では帰れないはずだ。
親の不始末を子供が片付けることに何の疑問を持たないほど、僕は愚かではない。かといってその話に首を突っ込むということもしたくはない。
何もしたくないという選択を僕はとりたい。
無関係でありたい、飛び火してこないでほしい。
僕は争い事の率先者にも革命者にも仲介人にもなりたくないのだ。つまり触らぬ神に祟りなし、というのが僕のモットーなのである。
しかし僕は今回無理やり首根っこを掴まれて、この場にいる。
それでも僕は多分、今回も自分にフォーカスが当たらない限り黙っているんだうな。
僕には全く関係ありませんという顔をして。
「いやいや、確か親子ではなかったはずだぜ。
だがあの女を人質にするってのは案外いい案かもしれねえな。今の状態でも等価交換になるどころかお釣りがくる位だ」
親子ではなかったか、読みが外れた。
娘でもないのに人質にするとなると、愛人か部下といったところか。
いやでも哀全は人質にすることは考えていなかったようだが。
「ちょ待てよ、僕にはあいつにそこまで価値があるようには思えなかったんだけれど。確かに只者ではない雰囲気を醸し出してはいるかもしれないが、あの傲慢で横暴で乱暴でカッコイイ女の子は、こんなにも非力な僕よりも弱いんだぜ。それともなんだ、あいつが親玉の愛人か身内、部下だとでも言うのか?」
そう言った僕に、哀全は会って初めての驚いた顔を見せた。まるで江戸時代の浮世絵の侍のような顔で。そしてじわじわと笑いだし、最後には宙を向き高らかに笑っていた。
シニカルに笑い蹴飛ばしていた。
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