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それからも夏期講習帰りに公園を突っ切ろうとすると、たまに大ちゃんが私の特等席に座っていた。
大ちゃんがいる時は声をかけて、隣に座り、いつもの秘密のミッションを遂行した。
たまに大ちゃんが私の持参した新作飲料を飲みたそうにしているので、大ちゃんのオススメ商品と交換するときもある。等価交換だ。
──大ちゃんは悩みがあるようだけれど、無理に聞き出そうとはしなかった。なんとなく。
でも、大ちゃんは一人じゃないよってことだけは知ってほしくて、私は毎日のように公園を突っ切ってベンチに座る大ちゃんを探すのだった。
*
ある日。いつもの公園のベンチに人影を見つけ、今日は後ろから近づき驚かせてやることにした。抜き足差し足忍び足。気分は手に汗握るアクション映画。失敗ゼロの悲しき設定を背負った暗殺者だ。私に背後をとられる、これ即ち死。
「……だ、ぁ、い、ちくーん!!」
距離を詰めて、勢いよく後ろから後頭部に抱き着きヘッドホールドをお見舞いだ! どうだ! まいったか!
むむ? なんだかいつもとは違う匂いがする……。なんだかムーディーな大人の香水の香りがする……?
パッと手を放すと
ヘッドホールドをお見舞いしていた頭がクルリと振り返った。そこに座っていたのは、大ちゃんではなく色っぽい眼鏡の黒髪くん……神田航貴さんがいた。神田さんは私を認識すると、一瞬目を見開いた後、蜂蜜のようにトロリと色気を含んだ笑みを浮かべて顔を傾けた。
「あ。きみかぁ」
「……お久しぶりです。神田さん」
一年ぶりに再会した神田さんは去年よりもパワーアップしている。何がって色気が、だ。あなた大ちゃんと同い年でしたよね? 最近の高校生って、もう大人なのね……?
「確か海帆ちゃん、だよね。ここで大地といつもデートしてるの?」
「デー、ト!? 大ちゃ……いえ、大地さんとデートはちょっとおもしろいですね」
「違うの?」
神田さんの誘うような視線が私の眼の中を覗き込んだ。もしかして誘っているのだろうか。性的な意味で。
やめて! そんな目で見られるといけない気分に!
「デ……ッ、んんんッ! デートではないです。なんていうか偶然居合わせた? 秘密の共有、趣味友、ですかね」
邪念を振り払いキリッとした表情で返事をした。危なかった。
そうそう。大ちゃんとは別に会おうねなんて約束はしていない。帰り道に大ちゃんがいるだけだし。いつもの秘かな楽しみを、たまたま居合わせた大ちゃんと共有してるだけですし! 大ちゃんが最近持ってくる新製品のお菓子も楽しみで、なんだこれ! と言い合えるのもなかなか楽しいけど!
「ふぅーん。大地がね、最近付き合い悪いから何してんのかと思ったら……。こんなに可愛い子と、秘密なことしてたんだね」
「ふふ。まぁ、大地さんと私の仲ですからね」
か、かわいいだってええ!?
聞いた? ねえ、聞いた?
こんなお色気お兄さんから「かわいい」いただきました! ハイ、今日は可愛い記念日です。認定。
おっと。いけないいけない。神田さんは「可愛い子」って言ったのよ。それは子どもを可愛い、愛らしいと思う気持ちと同じよ。落ち着きなさい。
「……妬けちゃうな」
神田さんがポツリと呟いた。
消えそうな小さな声で、でも切なそうに呟いた声が耳に届いた。
──えっっっっ
まさか! そういう……ことなの!?
大ちゃんのこと、好きなのね! LOVEなのね!?
いいわ。いいと思うわ。お母さん、いいと思う。好きな気持ちに正直なあなたはとってもカッコイイわ。
「──神田さんの気持ちはわかりました……私と大地さんは本当にただの友達……趣味友です。それ以上でもそれ以下でもありません。安心してください。神田さんと大地さんの間を邪魔しようなんてこれっぽっちも考えていません。むしろ応援させてください! ああでも、そういうの邪魔ですよね。愛は二人で育むもの。外野がとやかく言うことじゃありませんね。ええ。でも、話しはいつでも聞けますので!」
息子の恋愛話なんて聞いていいのかしら……!
神田さんは協力を得られるだなんて思っていなかったのか、驚愕の表情である。というか、少し呆気にとられている。そういう表情だと年相応に見えますね。
しばらく間があり、神田さんが苦笑いを浮かべながら口を開いた。今度は誘うようなオーラを消している。
「──なんだかお互いに勘違いして……」
「航貴」
神田さんの声を遮るように、鋭い声が割り込んだ。声がした方に振り向くと、大ちゃんが怖い顔をして歩いていた。
修羅場だわ。
「大地さん! 違うの! 神田さんには何もしてないから大丈夫! 指一本触ってないわ! 安心して!」
神田さんの貞操は無事よ!
「──うん?」
大ちゃんは出鼻を挫かれたように、怒りを忘れポカーンとした表情になった。
「……俺も海帆ちゃんに挨拶しただけだよ?」
「いや、航貴、お前なんでここにいるんだよ」
おっと!? 神田さんの一言で修羅場が再燃してしまったわ!
「海帆もなんで……なんで、そんなに嬉しそうな顔をしてんだ。こっち見んな」
おっといけない。ついワクワクしてしまったわ。
「二人とも仲良しですね。……ハッ! 大地さん! その手に持っているのは、まさか!」
息子の痴話喧嘩にワクワクしてしまった気まずさを誤魔化すように、大ちゃんの手にあるビニール袋に視線を移すと、そこから透けて見えるそのパッケージは!
「ジャ●リコとロイ●のコラボ商品じゃないですか! ここら辺で買えたんですか?! 食べる? 食べましょう! さあ、ベンチにおかけください! 神田さんは端につめてください。大地お菓子大臣が座りますよ。さ、こちらです大臣! 飲み物は……あ、神田さんの分が足りない……! 飲み物推進長官としてなんたる失態! 只今、買って参ります……!」
風のように走りオリンピック強化選手のように訓練された動きで戻ってきたら、大ちゃんと神田さんは仲良く横並びでベンチに腰掛けていた。
男子高校生が並んでお菓子を待っている。かわいい……っ
そして仲良く三人で秘密のパーティーをしたのであった。
*
それからも、たまに大ちゃんと私の秘密のパーティーに神田さんが参加することもあった。今まで通り大ちゃんと私だけの時もあったけど、神田さん一人でいることはなかった。
大ちゃんと神田さんの愛を育む一時を近くで見せてもらえるなんて、生まれ変わってみるもんだわ……
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