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夏期講習も終わり、夏も終わった。
夏期講習が終わったら夜出歩くことも無くなり、大ちゃんとの秘密のティーパーティーは幕を閉じ……
た、わけではない。引き続き塾があるのだ。なんてことだ。
「なんだと……」
今日も今日とて学校帰りにそのまま塾へ直行して、夏期講習の時と同じぐらいの帰宅時間となってしまった。そして、いつものように帰り道の公園で大ちゃんと神田さんに会うことが出来た。丁度よかった。今日は勉強勉強で鬱憤が溜まっていたのだ。三人で遊ぶならUNOだろうか。
しかし、二人は私を見て目を見開き固まって戸惑っている。どうした。
「……海帆ちゃん中学生だったの?」
「え? そうですけど……受験生です。私も大地さんと神田さんと同じ、中央を受けるんです」
中央こと、中央学園は幼稚舎から大学までの一貫校である。ほとんどが内部進学を選ぶため、高等部から受験編入するとなると、どえらい学力が必要なのだ……。
一度、受験戦争やら就職氷河期を戦った聖戦士の記憶を持つ私ですら、いばらの道なのである。なんなら昔と今で常識(情報)が更新されていたりして、覚え直すことが多いのである!
くっ……やつらの勝者の証(制服)がまぶしい……!!
「驚いたな……海帆ちゃんは大人っぽいから、同い年ぐらいかと思ってたよ。中央受けるんだね。俺らは内部進学だから、もしかしたら構内で会うこともあるかもね?」
高校生とは思えない色気を周囲に撒き散らす神田さんに、大人っぽいだなんて言われても説得力に欠ける。いや、ポジティブに受け取れば、神田さんお墨付きの大人っぽさ(色気)が私にも……!?
これは要検証しよう。
話を戻すが、来年から大学部に進学するだろう大ちゃんだちと同じ敷地内といっても、学園は広大な土地ですからね……。会えるといいですね。ほんと、同じ敷地内に入れたら……ね……
挫けた心のまま天を仰ぎ見て、一筋の希望の光に気付いた。
まって。同じ構内に入れるということは、もしかして大ちゃんのキャンパスライフ(笑)も見れるんじゃない?
大変だ。それは是非、見ておかなければならない。うむ。
さっきから自分の尻尾を探す犬のように戸惑った様子の大ちゃんは気になるが、こうしちゃいられない。私はなんとしてでも、中央学園の門を突破しなければならないのだ!
「はい……!やる気がわいてきました……!!」
*
やる気はみなぎっているが、記憶力が増えるわけでもない。
地道に一歩づつだ。
家で勉強をしていると、いつの間にか寝てたり漫画を読んだりテレビを見てしまうので、できるだけ図書館や喫茶店で勉強をしている。それだけで勉強をしている気分になるんだから不思議なもんだ。
そして今日も今日とて、静かなムーンバックでカフェラテを嗜みながらペンを走らせる。
集中している時は緩やかなBGMや、他のお客さんの会話の内容なんて聞こえないのに、どうやら集中力が切れてしまったようだ。ペンをノートに置き、顔を上げる。真向かいにいるお姉さんがチラチラと私……じゃないな、私の隣を見ている。集中力が完全に切れた私は野次馬根性で、カフェラテに口をつけつつチラリと隣に視線を流した。
ら、そこには、色気ダダ漏れお兄さんこと神田さんがいた。しかも、神田さんはこちらを見ていた。
驚いて神田さんの方にしっかりと顔を向けてしまった。その一連の流れを余裕の笑みで見守っていた神田さんは、トロリと笑った。こんなところで何色気漏らしてるんだ。しまっておきなさい。
「とっても集中してたね」
「……見てたんですか」
「何時気づくかなーと思ってたのに、全然気づかないからずーっと見てたよ」
「暇なんですか」
「海帆ちゃん見てたから暇じゃなかったよ」
普通に話してるだけなのに、色気のさざ波に足をとられそうだ。恐ろしい。
「ところで、海帆ちゃん。ココ、2じゃなくて4だよ」
「えっ?」
「ここ、途中でケアレスミスしてる。あと……」
なんと。その眼鏡は伊達じゃなかったのか。勉強できる眼鏡だったのか。
偶然居合わせただけなのに、神田さんは塾の先生よりわかりやすい説明で勉強を教えてくれた。神なのだろうか。エロ無差別兵器とか言ってごめんね。さすが現役中央生。さすがです。
しかも、恐れ多くも神田先生のご厚意により、塾のない日で予定が合えば勉強を見てもらうことができた。当然、ありがたい神田大先生のお力により、私の成績は飛躍的に伸びたのであった。ありがたや~~~
*
そして来たる合格発表。
私は無事、中央高等学校に受かったのだった。
「海帆ちゃん、おめでとう」
「海帆、よかったな」
「ううっ……感無量です。それもこれも神田大先生のおかげです……!」
「海帆ちゃんの実力だよ」
うう…神田大明神様~!!!
「大地さんも、一緒に勉強してくれてありがとう!」
途中で大ちゃんに、神田さんから勉強を教えてもらっていることを勘付かれ、大ちゃんも勉強会に参加していたのだ。大ちゃんも流石は中央生。内部進学組とはいえ、やはり勉強ができるようだ。
昔は砂場の砂を食べようとしたり、なっちゃん(犬)を食べようとしたりしていたのに。もうすっかり立派になっちゃって! お母さん感激!
反抗期な大ちゃんはいつもぶっきらぼうな態度だったけど、勉強を教えてくれているときの顔は、なんだか「夫」と重なって見えた。大ちゃんと「夫」は会ったことが無いのに、不思議なもんだ。
ホクホクで帰ると丁度よく、なっちゃんから家電に電話がかかってきた!
え? もしかしてGPSでも付けてるの? と思ってしまうほど、完璧なタイミングだった。
「はい、もしもし、なっちゃん?」
『……みほちゃん?』
受話器から聞こえてきた声は、記憶にある高めの涼やかな声では無く、声変りしたての男の子の声だった。
なっちゃんの声が!! 声変りしている!!
ちょっと会わなかっただけなのに、子どもの成長は早い。あの天使の顔から、この声が出ているのか。もしかして、背も大きくなったのかな。と、少し会いたくなってしまった。
「なっちゃんからの電話は初めてだね! 家の電話番号知ってたんだね」
『大塚のおじいちゃんに聞いた。みほちゃんはスマホ買わないの?』
「うーん。高校に入学したらね……あっ!そう、高校、合格したよ!」
『わあ! おめでとう! うれしいね!』
「うんっ! これで勉強から解放されるよー」
『ふふ、お疲れさま』
こうして長かった受験戦争に、無事、勝利したのであった。まる。
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