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そして晴れて女子高生になり、また愛しの夏休みがやってきた。
しかし、今年の夏休みは友達と遊びに出かけたりと忙しい。田舎にいる日程もいつもより短く、二週間ほどの予定となった。
「うーん。このセミの音。懐かしく感じるわね……」
「あんた、ちゃんとおじいちゃんへのお土産渡しなさいよ? 仏壇にお供えする前に手を付けちゃだめだからね」
母よ、案ずるでない。もうそんなバチ当たりなことをする娘ではないのだよ。
胡乱げな視線を投げる母としっかりと目を合わせ、大きく頷き返す。任せてくれ。
「──みほちゃん?」
おじいちゃんの家の石垣の方から名前を呼ばれ、誰かと考える前に振り向いた。が、素早い動きで何かが飛びかかってきた!何が何だか見えなかったが、遅れてふわりと届いた香りに何が飛びついてきたのか見当がついた。
「……なっちゃん?」
「うん! うん!! 久しぶり! 会いたかった! さみしかった! みほちゃんだ!」
なっちゃんは尻尾を振り回し(幻覚)全身で嬉しさを表している。ぐりぐりと擦り付けられる髪がくすぐったい。わかったわかった、落ち着け。なぜここにいる。
二年ぶり? に、再会したなっちゃんは想像より大きくなっていた。今、私は一六五センチほどだが、なっちゃんも同じぐらいなのだろうか。この間まで私より小さかったのに、最近の中学一年生は発育が良いのね……。こんなに、力も強く……なって……
「苦し……なっちゃ……」
腕力も強くなったらしい。抱きつかれている、というより締め上げられている。これが二年分の愛ってやつか……?
「あらぁあ! 夏樹くん? 大きくなったわね!」
「ルミさん、お久しぶりです。今日もお綺麗ですね」
パッと顔を離したなっちゃんは、二年前よりシュッとした顔でニコリと母に笑いかけた。
「やぁだもう~~~おばさん照れちゃうわ~」
母、イチコロである。
「みほちゃんも更に綺麗になった。かわいい」
母を仕留めた後は、私にも微笑みかけてきた。
ンンンッかわいいのはお前だよ!
大きくなって、顔と体つきが男っぽくなってきた彼の微笑みは天使のままだった。
すっかりメロメロにされた母はおじいちゃんへの挨拶もそこそこに東京へと戻っていった。このまま単身赴任中の父の元へ寄るのだろう。暫く子ども抜きでの蜜月を過ごすといい。私はこっちで短い夏を楽しむから!
ね。なっちゃん。
*
こうして、なっちゃんに熱烈歓迎を受けた今年の夏も穏やかに過ぎていった。
八月十四日には、▲県に二人で向かった。やっぱり、そこで大ちゃんと神田さんにも会った。
「あれ? 海帆ちゃん、久しぶりだね」
ええ。二週間ぶりですね。
「海帆、ソイツは?」
大ちゃん。まずは挨拶からでしょ。
「──二年ぶりですね。品川夏樹です」
なっちゃんも二年ぶりに警戒心むき出しだ。人見知りか~?
「あぁ、あの時の子か。大きくなったね」
「お前は海帆のなんなんだ」
さすが神田さんは友好的な態度だ。
だから大ちゃん。名前教えてもらったよね? お前じゃないでしょ! 相手は年下よ!
「あんたこそ、みほちゃんのなんなんだ……。”海帆”なんて呼ぶな」
「まぁまぁ、なっちゃん。この人たちは、なんていうか、その……高校の、元先輩、だからさ!仲良くしよう?」
ガルガルしているなっちゃんと、大ちゃんの間に滑り込みなっちゃんに大ちゃんと神田さんを紹介する。
そして、二人に向き直りなっちゃんを紹介する。うちの子、今はこんなガルガルしていますが、本当は天使みたいに可愛い子なんですよ?
「そして、こちらの夏樹君、なっちゃんは私の……私の………」
そういえば、なっちゃんは私のなんだろう。
夏休みによく遊ぶ友達? おじいちゃんの家の近所の子? うーん?
一拍考え、閃いた。ズバリ、なっちゃんは私の
「──子分です!!」
友達というよりは、子分のほうが近いだろう!
「「「……」」」
スッキリ! と、ドヤ顔で三人の顔を見渡せば、なぜだか「下手な浮気の言い訳を繰り出したやつ」を見るような目でこちらを見ている。
なんだその目は。
何はともあれ、今年も向日葵の花束の前で手を合わせた。
少ししてからまた帰りのバスに乗り、帰宅する。
帰り道、なんだかなっちゃんは不機嫌だった。
話しかければいつも通りだが、ふと黙って何か考え込んでいるようだった。
次の日。
いつもはなっちゃんが迎えに来るのだが、今日は私からなっちゃんの家に行った。
なんとなく、昨日の今日で、なっちゃんは私のところに来ない気がしたのだ。
なっちゃんの家の門をくぐり、離れを目指す。なんと、なっちゃんの部屋は部屋ではなく、”離れ”なのだ。金持ちのソーシャルディスタンスは規模が違う。
離れの玄関を開け、勝手にお邪魔する。
ピッチリ閉じられた部屋のドアを開けると、冷房の気持ちい風が頬を撫でた。
当のなっちゃんはというと、ベッドの上で寝ていた。
どうやら早すぎたようだ。
しょうがないので、着こんでいた重装備を脱ぎ、軽装になる。起きるまで待つしかない。はあ。冷房らぶ……。
なっちゃんの寝顔をのぞき込むと、なんとも作り物めいていた。
うむ。今日も美しい。
ベッドの横に座り込み、しばらく寝顔を眺めていたら私も早起きしすぎたのか眠くなってきた。。。
──ちょっと失礼しますね。
スヤスヤと気持ちよさそうに深く眠るなっちゃんをまたぎ、すぐ横に寝ると寝入ってしまった。
モゾリ、とスプリングが沈む感触があって、起きると目の前になっちゃんがいた。
近い。
「……おはよ?」
なっちゃんのキレイな目はパッチリと開いている。
「おはよう、なんでここにいるの?」
なっちゃんの声は寝起きだからか少しけだるげで色っぽい。
「なっちゃんに会いに来たら眠くなっちゃって……」
「会いに来てくれたんだ」
ふうん、となっちゃんの熱い手が私の腕を温めた。
「──昨日のあの人たち、あれから会ったことあるの?」
「あー…うん、実は、東京でね。偶然。勉強教えてもらって……」
なんにもやましいことはしていないのに、言い訳じみてしまう。そりゃ、わざわざ言わなかったけど! 嘘はついていないもの!
「……ぼく、それ知らなかった……」
「あー…うん。言ってなかった……ね」
なっちゃんは、さみしそうな目をした。たまらずなっちゃんの頭を胸に抱きこむ。
そんな顔させてごめんね。
「──ぼく、子分なんだ?」
腕の中からくぐもった声が聞こえた。もしかして、子分と言われたのが嫌だったのだろうか。
「だって、友達よりは仲良しだし。子分かなって……信頼関係の濃さっていうか……」
「……ちゅーだってした仲なのに」
ん……?
ちゅー……した?
あー……したした。唇の接触はあった。確かにあれは、キスというより”ちゅー”だった。
「みほちゃん?」
「あ、しました。ちゅー、しました」
忘れていた訳ではない。と、無駄にキリッと返事をした。
「……みほちゃんは子分とちゅーするの?」
「え、どうだろう。子分は、なっちゃんしかいないし……」
「亀戸、平井、小岩は子分じゃないの?」
「あ、そういえば」
確かにあの子たちも子分と言えば、子分だろう。手下に加えてやってもいい。
「……あいつらとも、ちゅーするの……?」
「しないよ! ちゅーする子分はなっちゃんだけ!」
驚き、思わず勢いよく否定する。
「昨日のあの人たちともするの?」
「しないしない! なっちゃんだけ!」
またまた驚き、勢いよく否定する。
「……ぼくだけ?」
なっちゃんがムクッと顔を上げ、綺麗な顔を近づけてきた。
そして、ゆっくり、唇を寄せた。
ちゅ、と。微かな音だけを残して熱が離れていく。
「こうするのは、ぼく、だけだね」
なっちゃんはとても綺麗にほほえんだ。天使のように。
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