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「みほちゃん、寂しいけどお別れだね……っ」
今生の別れのような悲壮感を出しているが、東京に戻るだけである。
「寂しくなったら、いつでも連絡していいからね」
高校生になってやっとスマホを持ったので連絡先もバッチリ交換させられた。なっちゃんは以前から持っていたみたいだ。最近の子は早いのね……。
別れを惜しむなっちゃんは、何度も何度も、一言づつちゅーを送ってくる。
あの日「ちゅーをする親分と子分」の関係になってしまった私たちは……というか、あの日を境に首席子分なっちゃんから一方的にちゅーをされまくっている。もう慣れた。好きなだけするがいい。
しかし、慣れたのは私たちだけなので一応見られないように壁に隠れて別れの挨拶を行っている。
「──じゃあ、そろそろ行くね。またね」
「……またね」
いつまでたっても終わらないので、キリの良いタイミングで終了だ。またね、と言いつつも抱き着いた手を離さないなっちゃん。その頭の上に見えない耳がペターンと垂れているようだ。
なんて。なんて、可愛……ンンンッ、可哀想に……! 喜んでない。寂しそうな顔が可愛いのがいけないのである。
なっちゃんの白磁の頬を両手で軽く挟み、視線を合わせた。
潤んだ瞳でこちらの次の動きを大人しく待つなっちゃんに、なんだか悪戯をしたくなったのだ。なっちゃんの期待値を超えるような悪戯を。
ふわっと笑み、顔を少し横に傾げ、寄せていく。呆けたままの、なっちゃんの薄く開いた唇と重ね、唇でなっちゃんの下唇を優しく食むように挟んだ。
ちゅっ……
と、音を残して顔を離すと、なっちゃんは顔を真っ赤にして驚いていた。
ふ。驚いたか。これが、大人の実力だ……!
「またね」
気をよくした私は”憧れのお姉さん”を演じるように余裕の微笑みを浮かべ、赤い顔で固まるなっちゃんの頬をサラリと撫でて、颯爽と東京へ帰ったのだった。
*
今年の夏は、まだまだ終わらない。
「今日も隙が無いわね」
「隙から紫外線はやってくるのよ」
私の鉄壁武装にも怯む様子がない彼女は、なんと中央学園に入学してから初めて出来た友達である。内部進学組である目白優子は、なぜだか初日から私に興味津々で熱心に話しかけてくれる。ありがたい。今では休みの日も遊ぶほど仲良しだ。
「ねえっ。で、で、で! あの人たち、なんだって? 遊べるって?」
「あー、うん。大丈夫だって。さっそく明後日とか……」
「やった! 明後日ね! あー楽しみ! 夏はまだまだ終わらない!」
「あ、明後日で良いのね。はい、では、そのように連絡します……」
前のめりではしゃぐ優子を見ながら、テンションの温度差を感じるものの、なんだか裕子に釣られてだんだん顔が緩んでしまう。
優子の言う”あの人たち”とは、大ちゃんと神田さんのことだ。
先日、偶然にも街中で”あの人たち”と会い、私と一緒にいた優子は大はしゃぎだった。
どうやら大ちゃんと神田さんと仲良くなりたいようで、四人で遊びに行きたいと大騒ぎだった。
内部進学の優子は、同じく内部進学組である二人の存在を知っていたものの、話したことが無かったらしい。先輩との繋がりを駆使して近づこうとしたこともあったが、「内部進学だからこそ、そういう浮ついた行動で身を亡ぼすことになる」のだと言っていた。
じゃあ、今回も遊びに行くのは危険なのでは?と思うだろう。私も聞いた。エリート校の内部派閥の荒波を潜り抜けてきた猛者は「構内の輪を乱すことなく知り合えるのは、千載一遇のチャンスである。これを逃す者は愚か也」と宣言した。それは風を読むように勝機を見極める知将の眼だった。
二人の仲を見守り隊の一兵である私は、知将の勢いに負け「とりあえず夏休み中に遊べるか聞いてみる……聞くだけね」と返事をしたのだった。
返事はアッサリと二つ返事でOKだった。子どもと遊んで何が楽しいんだと言われるかと思っていたが、大学生の夏休みは暇らしい。
二人は運転免許を持っているらしく、当日の流れは神田さんの車で大型プールに行って夜は花火をすることとなった。車で連れて行ってくれるなんて、神田さんのやっていることは夏休みの父親である。優しい。
──そして、テンション高めの優子と一緒に新しい水着を買った。
優子は白のフリルが清楚でかわいいセパレートタイプ。ロリッ子清楚豊満ボディが活きる! 良い!
私は大人っぽい黒のセパレートにした。背中の編み編みがお気に入りである。
さすがにプールまで行って、全身黒づくめの海女さんスタイルにはしませんよ。せっかくのプールですからね。ええ。まあ、ちゃーんとラッシュガードも買ったけどね。一応ね!
*
当日。シルバーの車を優雅に走らせ、神田さんと助手席の大ちゃんがやってきた。挨拶もそこそこに我々一行は、いざ戦場、じゃなかった、プールへと出発したのであった。
──プールはイイ。
優子の動きに合わせて揺れる胸を見ながら、改めてそう思う。プールはイイ。
プールの良さを噛みしめながら更衣室を出ると、待ち合わせ場所で引き締まった体を惜しげもなく晒した二人が待っていた。色とりどりの水着ギャル(古い)に取り巻かれながら。
──念のために言っておくが、二人ともちゃんと水着を着ている。
「お待たせしました~!」
優子は物理的に胸を弾ませ、群がる女性陣を蹴散らしながら大ちゃんの前に躍り出た。
優子ったら大ちゃん狙いなのね!?
そして、何を言っているか聞こえなかったが神田さんの号令で水着ギャル達の群れは散って行った。飼い慣らしているのか……?
優子は群がっていた女性達に対して何かリアクションをとるわけでもなく、真っすぐ大ちゃんを見つめ話している。
かかか神田さんは、この光景を見て大丈夫だろうか!?
いや、でも、こういうのは二人の心の距離を縮める大事なスパイスよね! ライバルキャラの登場は鉄板だもの!
と、二人の愛を見守り隊として、優子にも神田さんにも肩入れするのは控え、ここは場を静観しようと心を決めた。うむ。そして、ゆっくりと顔を上げると大ちゃんと神田さんは固まってこちらを見ていた。
「……お前、そんな装備で大丈夫なのか」
「一応、日焼け止めは塗ってきましたけど……?」
なんだ人を無課金ユーザーみたいに。
「あぁ、ごめんね。てっきりいつもの黒ずくめで出てくると思ってたから、驚いちゃったよ。二人ともかわいい水着だね。よく似合ってるよ」
神田さんはいつもの調子だ。
そして、気の利く神田さんたちはレンタルスペースを予約してくれていたようだ。出来る男である。そこに荷物を置き、さあ! いざプールへ! と立ち上がろうとしたら
神田さんに、「念のため背中の日焼け止めを塗りなおしてあげる」と引き留められた。
さっき優子にやってもらったので、と断ろうとしたら優子に「お願いします」とにこやかに差し出されてしまった。どうやら、私は神田さんと大ちゃんを引き離す囮として使われるらしい。さすが知の将である。
「じゃあ、お願いします……」
「はーい。髪の毛持っててね」
優子の仕掛けた罠に怪しいと感じているのか、大ちゃんは何か言いたそうだった。しかし、武(ロリッ子豊満ボディ)にも秀でている優子に誘導されプールへと旅立った。お見事。
待ってろよプール! 今、行くからな!
神田さんの手が素肌に触れ、ピクッと反応してしまう。
肩を滑る手つきは意外と優しい。意外でも無いか。
神田さんの手が背中の水着の編み目の下をくぐる。
別に変なことをしているわけじゃないのに、なんだかドキドキしてくるな……
「──はい。おしまい」
「ありがとうございます」
ドキドキが伝わってしまうのではないかと、更にドキドキしてしまった緊張の時間が終わり、ホッとして振り向いた。ら、神田さんはスマホを構えていた。
パシャッ
「あ!」
「ハハッ。ほら、かわいく撮れたよ」
見せてもらった写真はいつもの私じゃなかった。
いつも隠していた肌が濃い色の紐に彩られ、スマホの中の私は少し恥ずかしげに目が伏せられていて……
「──んもーっ!」
んんんなんだか恥ずかしくなってしまい、念のために持ってきていたラッシュガードを急いで着た。ジャッ!とファスナーも閉めて、完全閉店だ!
「もうっ! 行きますよ!」
ズンズンと先に歩き始めると、後ろから神田さんがゆったりとした歩幅で追いついた。
「──それ着てると、ちょっとはマシだね」
「マシってどういうことですか!」
「いつもの海帆ちゃんってこと」
バサッとフードを被され、それにも怒ると、今度はフードの紐を引っ張り縮められて、からかわれた。
からかうように笑う神田さんの笑顔は、いつもの人を誑かすようなものじゃなくて、年相応な普通の笑顔だった。なぜだか、その顔を見て神田さんとの心の距離が少し近づいたような気になった。
──優子と大ちゃんのところに向かうと、ラッシュガードをお気に召したのか、大ちゃんは大きく頷いていた。
なんでだ。
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