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それはさておき、私たちは流れるプールやらウォータースライダーなど休む暇がないほど楽しんだ。
昼過ぎにやっと休憩することになり、小腹がすいた私は率先してフードコーナーへと向かった。
「お姉さん、迷子?」
ええ。どうやらそのようです。
勇み足でフードコーナーに向かったというのに、さっそく迷子になり案内板を探してウロウロしていたところだ。どうやら私は第三者から見ても迷子の風体をしているらしい。どこからどう見ても迷子、というやつだ。
そして誰しもが認める迷子に天の助けがやってきた!
「あぁ助かった! あの、フードコーナーの場所が」
「──海帆ちゃん。見ぃつけた」
天の助けに縋りつこうとしたときに、遅れてやってきたヒーロー神田さんが天の助けであるお兄さん達を遮るように現れた。
私を見下ろすのは眼鏡無しバージョンの神田さんだ。眼鏡が無くても色っぽいってことは、色気は本体から出てたのね……。ちょっと! まだ明るいうちから18禁のオーラを出さないでください! エロい雰囲気をまき散らし治安を脅かした罪で逮捕だぞ!
「フードコーナーはこっちだよ。行こう」
神田さんは自然に私の腰に手を添えエスコートしていく。この人、雰囲気はエロいのに触り方にいやらしさが無いのよね。こりゃあモテるはずだわ……
去り際に天の助けであるお兄さんたちにお礼を言おうとしたのに、神田さんが邪魔で見えない。神田さんは穏やかな笑みで「ん?」と首を傾げた。ん?、じゃないんですよ。無防備に首筋見せないの! しまっておきなさい!
「神田さん、ありがとうございます。どうやら迷子になったみたいで困っていたんです」
「丁度よかった。帰り道も一人じゃ持てないだろうから追いかけたんだけど、行きも困ってたなら間に合ってよかった」
確かに。四人分を一人で運ぶのは難しかったかもしれない。
私は到着するのも、帰還するのも危うかったのか。
神田さんの孔明プレーにより
無事、戦利品を持って戻ったものの二人はいなかった。
「あれ? 優子たちはどこに?」
「ああ。二人は飲み物買いに行ってくれたよ」
「そうですか」
優子……獲物(大ちゃん)に食らいついて離さないなんて、恐ろしい子……ッ
休憩スペースに腰を下ろすと、どちらともなく会話が止まり神田さんの視線が私の首元に注がれていることに気付いた。
ははあーーん。
ふっふっふ。さっきの仕返しを思いついちゃったもんね!
「──神田さん」
「うん?」
「そんなに気になります? この中……」
神田さんに体を向き直し、
わざと
ゆっくり、ジッパーを下げて行った。
ジジ…ジジジ…
ゆっくりと下がっていくジッパーから目が離せないのか、神田さんの視線はジッパーを追っている。
陽の当たる周りは、ガヤガヤと騒がしいはずなのに。神田さんと私の耳には、ジジジ……と、ジッパーが下がっていく音が届いている。
ジッパーと神田さんの射貫くような視線は
胸の谷間を通り、
みぞおち辺りまで来た。
──ふっふっふ。色気治外法権の神田さんも、チラリズムの前にはただの少年である。中には水着を着ているとわかっているはずなのに、視線を外せないようだ。いつも余裕ぶってこっちを翻弄する神田さんをやり込めたような気になって気分が良い。
神田さんを仕留めたり! なあーんちゃっ──
「うん……気になる、ね」
え?
視線をソロリと上げると、少し垂れた目がトロリと色を含んで私の目を真っ直ぐ捕らえていた。
神田さんの左手が持ち上がり、近づいてくる。あの香水の香りに気づくと同時に、私の右耳を指でなぞられた。指はじれったいほど首筋をゆっくりゆっくりと通り、鎖骨を過ぎ、谷間に差し掛かろうとしてた。
神田さんの熱い瞳から視線をそらすことを許されず、私は捕まってしまったかのように動けなかった。
ジッパーを下げていた手も、止まっている。
神田さんの節くれだった長い指が、
いつもより早い鼓動を続ける谷間を過ぎ、
ジッパーを下げていた右手を掴んだ。
──ら、ジャッ!! と勢いよく閉められた。
「ぎゃっ!」
「はははっ!”ぎゃっ”て」
神田さんはさっきまでの雰囲気を飛ばして、大笑いしている。
むむむ! 神田さんは手強い!
「──楽しそうだな」
「なになに~イイ感じ~?」
ちょうどよく帰ってきた二人がその場の空気を薄くさせる。
ええ。”怪しい感じ”でしたよ。
戻ってきてくれてありがとう!!!
まだドキドキしている胸を、私は隠した。
*
暗くなって来たら最後は花火だ。海岸の砂浜で手持ち花火を楽しむ。海岸は電灯まで遠く、花火が綺麗に見える。優子となんだかんだ”イイ感じ”の大ちゃんを後ろから眺める。
なんだかやっぱり複雑な気分だ。
遠くのほうに優子と大ちゃんが並んでいるということは、私の隣に神田さんがいる。神田さんはこれでいいのか。女豹の猛攻撃に屈するのか。大ちゃんは鈍そうだから、ちゃんと言葉にしないとわからなそうだぞ。
「海帆ちゃん、ほら次はこれやりな」
「……ありがとうございます」
神田さんは甲斐甲斐しく多種多様な手持ち花火を渡してくれる。お陰で暗闇で次の花火どこー!? 見えないよー!? というアタフタタイムが無い。気の利く男だ。
「──海帆ちゃん、なんだか大人しいね。……大地が気になる?」
「そりゃあ気になりますよ。神田さんは、妬いちゃいます?」
神田さんが公園まで会いに来た日も、私に大ちゃんを取られるかと妬いちゃってましたしね!
あんなにグイグイ女豹に捕食されようかとしている大ちゃんを一日中見せられた日には……。神田さんの心情は察するに余りある。
「──そうだね。妬いちゃうね」
持っていた花火が終わり、急に視界が暗くなった。
「あ、終わっ」
頬に大きな手のひらが優しく、触れた。その手の熱に誘われるように顔を向ける。視線を上げると、思ったよりも多くの星が見えた。
次に何が起きるのか、たぶん私はわかっていた。
神田さんの香水の香りを吸い込んだ。星空が見えなくなり、上から優しい唇が降ってきた。
唇が優しく私のそれと重なり、軽く食まれてから離れて行った。
──うん。なっちゃん。これが「キス」だよ。
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