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「また来たわね」
「また来ちゃった」
もしかしてGPSでも仕込まれているのではと思うほど、どこにいても天使が私の元へとやってくる。
河原や公園、駄菓子屋さん、図書館、ついには家の中に居ても家の中まで入ってくる。知らなかったが、おじいちゃんと天使……もとい、なっちゃんは将棋友達らしい。近所の老人と将棋仲間だなんて、初孫の私より孫じゃないか。私の孫人生の初の挫折の一端はなっちゃんが原因かもしれない。
話を戻すが、もはや天使であることを考慮してもこっちから見ればストーカーである。
可愛すぎて錯覚してしまっているが、本当にどこにいても突き止められるのだ。
田舎あるあるの、どこに誰がいてもわかっちゃうアレなのか?
しかし、ニコニコと走り寄り千切れんばかりに尻尾(幻覚)を振るワンコのような姿を見ると、まんざらでもなく……というか、やっぱりかわいいのでオールオッケーなのだ。我ながらチョロイ。
そして今日も今日とて、当てもなく砂利道を歩いていたらワンコがやって来たのだ。
「みほちゃんは今日も重装備だね」
「ふ……早め早めの努力が実を結ぶのよ」
「みほちゃん、かっこいい!」
ピチピチ肌を守ると決めた日から、さっそくおばあちゃんの日傘と、おじいちゃんのサングラスを失敬し、UVカット効果があると期待してカーディガンも羽織っている。
ふ、紫外線よ……もうお前の好きにはさせない……!
すれ違う地元住人や実の祖父母からも戸惑いの視線を受ける毎日だが、新しいことに挑戦する時にはだいたい好奇の目に晒されるものなのだ。私はここに夏しか訪れないが、この土地に住む祖父母のために挨拶だけは欠かさずするようにしている。おかしな格好をする子どもかもしれないが、挨拶さえしておけば来年か再来年には慣れてくれるだろう。たぶん。
しかし、暑い。暑すぎる。カーディガンの中で汗が大洪水だ。
くっ……紫外線もなかなかやるな……
将来の美肌をとるか……今、暑さで死ぬか……
「あちらを立てればこちらが立たずね……」
「みほちゃん……今日も家いこ? 日陰の涼しい部屋で、一緒にあそぼ?」
「どうしてもっていうなら、しかたないわね。このままじゃなっちゃんの白肌が危ないものね。そうしましょう」
と、お決まりの会話をして毎日のように訪れている品川邸の方へと足を向けた。
毎日なっちゃんに(なぜだか)すぐ見つかってしまうし、
毎日なっちゃんは無防備に肌をさらしてやってくるのだ。
なっちゃんのお肌が焼けてしまうのは忍びないため、致し方なく、だ。
「なっちゃん。せめて帽子はかぶらなきゃ」
私の麦わら帽子をかぶせると、なっちゃんは弾けるように笑う。向日葵の飾りのついたなんてことない麦わら帽子も、なっちゃんが被るとワンランク上のアイテムに見える。なんてことない田舎道も、キマって見える。都会の人々が憧れる「ロハスで丁寧な暮らし」雑誌の一ページみたいだ。
なっちゃんの家は大きなお屋敷におじいちゃんとおばあちゃんとお手伝いさんがいるだけで、まだお父さんお母さんらしき大人は見かけていない。一度だけ聞いたら悲しそうな顔をしたので、それ以降は聞いていない。
たまらず、そんな顔をさせてごめんと強く抱きしめてしまった。
学校の友達もお盆の時期で不在らしく、遊べる子どもは私ぐらいなもんだ。
しょぼんと寂しそうな顔をするんじゃないよ!
お前の笑顔は私が守る……!
結局、私は迫りくるなっちゃんを受け入れてしまうのだ。
そんな楽しい夏休みも後半になり、私が東京へ戻る日。
なっちゃんはしつこかった……
泣いて抱きついて離れない天使。あらあらまぁまぁと微笑ましいもの見る大人たち。
気持ちはまんざらでもないけど、私はTOKYOシティ(笑)に戻らなければならないのだ。
「なっちゃん。また来年、ここに来るから。その時までこれ預かってて」
いつの間にかなっちゃんばっかり被っていた麦わら帽子を頭に乗せた。
なっちゃんは、涙で瞳を潤ませながら、いつものように弾けるように笑った。
たまらず私も強く抱きしめたのはしょうがない。
だってこんなにかわいく、いじらしい天使なんだから。
こうして私は日常に戻っていった。
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