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04
とは云え、手前は蘭丸などと呼ばれて寵愛されている人間で御座います。あの男を蹴落とすのが難解である事は勿論存じておりました。 最早武功、名誉、そんなものは何うでも構わないのでありました。兎も角、あの人の小姓に成り上がって差し上げる事、それこそが私の題目でありました。幾許か困難であろうとも、既に目の敵にすべき敵はただ一人なのでしたから、私は毎日成利を討ち落とす計図を練っておりました。時にはいっそ成利を闇討ちしてやろうかとも案じましたが、それは何か事変っているような気も致しました。そんな事をして例え私が小姓になれたにしてもちいとも嬉しくは御座らんのです。ここは武士らしく我が身に宿へし優れた伎倆で勝負すべきなのだ、さしては成利を追い落とし、私とあの人の関係を見せつけてやるのです。このジェラシィを成利めに味わせねばならぬのです。あの男を襖の前で密かに涙をビイビイ垂れ流させ、歯軋りさせねばいかんのです。そう心に念じ、私は力の及ぶ限りに働きました。私は元々器量が良かったものですから、所有雑事を苦にする事なく熟していきました。その手際の良さは勿論成利の童よりも遥かに上廻っておりました。然し生末に時が流れても、あの人は私を小姓にしようとしないばかりか、お褒めの言葉を投げ掛けて下さることも、私に関心の目を向ける事さえしないのであります。そればかりか、仕事の出来ぬ成利には矢鱈に声を掛けるのです。これがまた口惜しくて溜まりませんでした。何故にこの私があの様な小僧めに負けねばならんのだ、と何度も呪詛を並べても、あの人は一向に成利の”夜の御呼び”を止める気配もない。幾ら武士とはいえ、こんな事が永久に続くんでありますから、私も次第に心が折られて仕舞いました。え?それで諦めたのかって?莫迦を仰らないで下さいな。寧ろその逆なのであります。人の心というのは怪態なもので御座いまして、成利に敗れれば敗れる程に、あの人に外方を向かれれば向かるる程に、心に秘めた炎が勢いを増していくんでありました。小姓に成り上がりつかまってあの人の心身を全てを手に入れたい、そう考えるようにもなったのでした。そこに成利などという厄者は必要なく、私だけのものにするのです。願わくば、こんな争いは辞して、私と二人切りでどこかの田舎で穏やかに暮らしたい、そんな事も思う様になりました。もしそんな事が実現しようものなら、そこは正しく楽園だと云って良いだろう。ああ、話が逸れましたが、兎も角、私は己の炎が強まる中、どうすればあの人の小姓へと成り上がる事ができるのだろうか、と毎日作業をしながらも、寝床の中でも考えあぐねたのでした。
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