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申し上げます。 私はあの人を許せません。私はもう我慢ならない。嫌いだ。嫌いだ。途轍もなく嫌いだ。私はあんな汚らしくて野蛮な野武士擬きは本当に嫌いだ。あんな野蛮人が天下を取ればこの國は間違いなく終わりだ。この神武の代、厭、天照の御神より受け継がれてきたこの倭が没する。隣では李氏朝鮮の蝿共が着々と力をつけてきているとお聞きします。奴らは米憑き飛蝗(ばった)です。我らがこうして國を踏み荒らしている間にも、あの連中は明にペコペコと頭を下げて我が國を踏んじめようとしてるに違いありません。こんな汚らしい無意味な争いをしている場合ではないのです。隣国の野郎共は昔から倭を蔑んでいやがるのです。このままじゃあ、この國は乗っ取られるに違いない。あの人のやることは破茶滅茶だ。支離滅裂だ。(とて)も付いていけるものではない。だが倭には愚劣しかおりませぬ。あんな匪賊も倒せぬなど武士を名乗る低俗な童だ。確かにあの人は強い。この國に勝る者はいない。放っておけばあの人は天下を取りやがるでしょう。だが、それでは駄目なのです。折角にもあの弱小足利共を討ったというのに、あれでは駄目だ。私はあの人をよく知っている。調子に乗って天下を取ってあの人は気狂いじみた政をはじめるだろう。そうなれば、李氏の蛆共に國を侵される。ですから私は國を鎮る(ため)に、あなた方に力添えを乞うているのです。あの人を討つ助太刀を願いたいのです。私共だけでは征圧し切れんのです。噓偽りも図り事もありはしません。私は此の倭を愛しているのです。はい。何だって。私を信用できないと仰るのですか。はあ、私があの人を討って自分こそが天下人になろうとしていると。あなたも仕様の無いお方だ。私は天下になど微塵も興味が無いと云ったではありませんか。この倭は古来より至尊の帝が治めてこられた威厳のある國なのです。それが、いつの間にやら蕃人が阿呆にも打ち物を振り回す連中が政をしているではないか。これは忌々しき問題だ。文を(ひもと)いて平安なる世には偉大なる桓武の帝がおられた事も存じております。あの時世を取り戻そうではありませんか。はあ。これ程までに申しているのに、あなたはまだそんな事を仰る。(たし)かな事を話せ、と。永代の神に誓っても、私はあなた方を(たぶら)かすような事はしませぬ。はあ。何故そう簡単にも長きにわたって仕えてきた主を化かすような真似をするのかと、そう仰るのですか。云ったではありませんか。私はあの人を見ているからこそ察知してしまったのです。何の心算ですか、その目は。ふん、所詮一端の野武士の呪く(ほざ)事など雀の涙程の価値という事ですか。仕様の無い人達だ。
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