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「生きるも死ぬも、すべてが自身の選択によって選べるものだと思ったら、それは違うのだよ」
おじいちゃんは、遠くを見るような目をして言った。
「私たちはね、この体という入れ物を神様からお借りしている。そして、その入れ物に魂が宿り、あらゆる感情と経験をするんだ」
「……苦しいことばかりなのに、それすら体験しないといけないの?」
わたしはおじいちゃんに尋ねた。手に持った焼き鳥のタレが、ズボンにこぼれ落ちそうになる。慌てて、その残りの肉のかけらを口に頬張った。
「魂だけじゃなにもできない。そのためには、器が必要なのだよ。羽奏のいうような体験も、器があってこそだ」
ーー羽奏の魂を成長させるのに不必要な体験なんて、ひとつもないんだよーー。
細い管に繋がれた身体。肉もなく、骨の浮いたその皮だけの皮膚は、針の刺した痕で鬱血していた。
部屋に響き渡る一定の機械音は、生命の鼓動の終わりを告げていた。
忙しく動き回る医師と看護師は、繰り返し心臓マッサージを施したのちに、そっとその機械を外し病室を出ていった。
残されたわたしは、じっとそのおじいちゃんだった器を見下ろした。
その姿を見た途端、思ってしまった。ほぼ無意識だった。
「……置いていかないでよ」
まだ、おじいちゃんから教えてもらいたいことがたくさんあったのに。おじいちゃんと、この世界で魂を成長させる体験を重ねながら、生きていたかったのに。
一晩、わたしは悲しみに暮れた。涙って枯れないんだなって、このとき初めて知った。
病室に差し込む朝日に、わたしは眠ってしまっていたことに気がついた。
ベッドに横たわるおじいちゃんのからだは冷たい。その手に触れて、わたしは思った。
ここで、生きていたい。
けれど、それはわたしが選択できることではない。そう、おじいちゃんが言っていた。
おじいちゃんもまた、自身で死を選択したのではなく、『連れて』いかれてしまったのだ。
そしてそれも、わたしの魂が成長するための試練なのだと、そう理解したのはーーおじいちゃんがこの世をさって5年の月日が経った、おじいちゃんの命日だった。
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