魔女と吸血鬼

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魔女と吸血鬼

願うことなら……このまま夜があけないことを。 「なんか……変」  ミリヤは呟いて手に持ったペットを入れて歩くゲージを見つめる。純銀が使われている以外は全く普通なのだが、入っているのは一匹のコウモリだった。 「だったら出せ」 「……」  無言でミリヤは今いる路地裏を見回した。人が倒れている。若い女の人だ。顔は蒼白で首筋にはピンか何かで刺されたような二つの跡がある。 「駄目」  幼くか弱い割には凛とした路地裏に響く。陰鬱で儚げな少女だったが、変わらない表情が選択肢の有無を示していた。 「仕方がないだろう。お前は食事を取らないのか」 「ブラッドはガーディアンだよね。ガーディアンは主がいれば死なないって聞いた」 「ぐ……」  反論出来ずブラッドは押し黙った。何千年生きた彼だが、少女を言い負かす言葉は見つからなかった。何故なら、彼女はまだ子供とはいえ魔女と呼ばれる家の出だからだ。  ガーディアンと呼ばれる種族と特殊契約で魔力を貰い暗殺を行う家系ナスターシャ家。ミリアはその分家を継ぐ当主だった。血を吸わないと強い力が使えないだけで、通常の戦闘には何ら問題ないことをミリヤは知っている。 「ミリヤ?」  宿泊しているホテルに向かわずミリヤが向かったのは、都内の公園だった。 「朝……通ったらとても綺麗だったの」  花壇の前のベンチにミリヤは腰掛けた。すらすら歩いていけるのが不思議な暗い真っ暗な公園、花など見える訳がない。見えたとしても今は花はおろか草木すら眠っている時刻だ。  かちゃんとミリヤはゲージを開けた。中にいたブラッドは一瞬躊躇したが、ミリヤが再び閉めようとするのを見てゲージから飛び出した。  人の姿になったブラッドの黒衣を逃さぬようにミリヤは握りしめた。  月に照らされるブラッドは相変わらずの美貌だった。切れ長の瞳に端正で堀の深い顔立ち、この世の者と思えむ現実味のない白い肌と漆黒の瞳と髪があたかも死を運ぶ使いのように思えた。  流石は各地に残る吸血鬼伝説の元凶だ。  ミリヤが昼は外に出しているブラッドを夜ゲージから出さないのは、夜のブラッドの魔力が強すぎるという理由がある。ブラッドと瓜二つの光のガーディアン、バードは夜はただかっこいいだけの男だが、昼間の彼の存在感は圧巻だ。逆にブラッドは朝は顔はいいが行動や言動、作る表情のせいか二枚目なのに三枚目感があるうえに余り目立たない。だが夜がふけていくにつれてその存在感は益していく。  危険なのは夜の彼の目と声だ。血を全く口にしていなくても夜のブラッドは他人を魅了し意のままに操るには十分な魔力がある。  いや、これは魔力というよりも美貌の成せる技なのかもしれない。この容姿に騙され彼に破滅に追い込まれ契約を破棄させられた挙げ句殺された契約者は後を立たない。 「何の真似だ」  警戒の色を見せながらも外に出されたブラッドの声には余裕がある。夜ならば一ヶ月前召喚された時のようにミリヤのナスターシャ家の技に破れることはない。 「……」  黙ったままうつむいてミリヤはブラッドの裾を引っ張った。 「……」  闇のガーディアンであるブラッドにとって人の心の闇を感じとることは容易い。  今、ミリヤは沈んでいる。怒りにも寂しさにも似た闇を渦巻かせている。 「ブラッドの馬鹿」  一言そう言ってミリヤは服のボタンを外し首筋をブラッドに差し出すと潤んだ瞳で見上げる。  ブラッドは……固まった。  女の主を持つとこういうことはなくはなかった。寧ろ喜んで血を差し出すの者のほうが多かった。  魔力が最大に高まり快感を得られるのは主の血だ。しかもミリヤは何百年も前に自分を滅ぼしかけたナタリア・ナスターシャの子孫。喜んで血を吸い付くしたいという衝動がないと言えば嘘になる。  だが、ガーディアンは主を殺せない。契約を結んだ瞬間から、死に直結するような行動は取れない。  ミリヤまだ子供だ。そうでなくとも、ブラッドから力をもらう代償で頻繁に血を差し出している。昨日吸血したばかりの彼女から吸血は出来ない。  無言で見上げるミリヤの瞳は辺りが暗いせいか星空を映した藍色で、涙で潤んだ瞳に惹き付けられなくもない。  流石は唯一残る魔女の家系と言われるだけのことはある。ブラッドはごくりと喉を鳴らしじっと瞳を見つめた。  断る言葉も反らす理由も見つけられずただただ、見つめ続けた。 * * * * * * このまま夜が続けばいいのに。 夜だけが彼と私の二人きりの時間。 思いは伝わらなくても構わない。 このままの距離でいさせて…… 届きそうで届かない数センチ。 夜の闇に溶けて消える。 * * * * * *
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