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お母さんの元彼が我が家に転がり込んできた話
うちにはお父さんがいない。
お父さんが死んだのは、私がまだ小学校低学年の頃だ。だから、お父さんの記憶は殆ど残っていないんだけれども、優しい人だったことだけはよく覚えている。大きな温かい手で「弥生は賢いな」と言って頭を撫でてくれた、その感触だけは。
お父さんが死んでからの数年間、辛いこともあったけど、私とお母さんは二人三脚で頑張って来た。
お金はあんまりないけれど、時々ケンカもしたけれど、それでも平和で穏やかな生活が続いた。
けれども、私が中学二年の夏。私達の生活は一変した――。
「ねぇねぇ、弥生ちゃん。卯月……お母さんは?」
「……母ならもう、仕事に出ました」
朝、出勤するお母さんを見送ってからいそいそと登校の準備をしていると、お母さんの寝室から寝ぐせ頭の中年男がのっそりと出てきて、私に尋ねてきた。
だらしないトレーナー姿で、ズボンが少しずり下がってパンツまで見えている。年頃の娘の前で、あまりにもデリカシーに欠ける恰好だ。
「そっかぁ。……じゃあさ、弥生ちゃん。ちょっとおじさんとお話しない? 実は話しておきたいことが――」
「ごめんなさい、学校に遅刻しますので。じゃあっ!」
男の言葉を遮るようにして、玄関へと駆け込み靴をつっかけたまま外へ出る。
鍵はかけない。あの男も合鍵を持っているはずだし、戸締りする甲斐性くらいはあるらしいから。
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