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――あの中年男の名前は賢哉という。苗字は聞いたが忘れた。覚える気もない。一ヶ月ほど前に我が家へ転がり込んできた、本人曰く「君のお母さんの元彼」だそうだ。
歳はお母さんと同じくらいの四十そこそこ。「昔はイケメンだったかも」と思える程度には整った顔をしているけれども、私にとってはただのだらしない中年男だ。
思春期の娘がいる家に転がり込める神経も信じられないし、先ほどのようにやけに私になれなれしく、「二人きりで仲良くお話」をしたがる。おおよそ、この世の不快を全て詰め込んだような人だった。
そもそも、お母さんもお母さんなのだ。元彼だかなんだか知らないけど、私がいるのにあんな得体のしれない男を追い出しもせず、家に住まわせているなんて! 私が襲われでもしたらどうするのだろうか?
実は、その事が原因でお母さんとは少し冷戦状態になっている。
あの男が来てから、お母さんは明らかにおかしくなっていた。些細なことですぐに怒るようになったし、小言が多くなった。
あまり汚い言葉や強い言葉を使わない人だったのに、最近では「ふざけんな!」とか「死んじまえ!」とか、罵詈雑言が飛び出す飛び出す。「女は男で変わる」だなんて、何かのマンガで言っていた言葉を信じたくなったくらいだ。
そして、それよりも何よりも、一番困るのが「夜」だ。
あの男が来て以来、夜な夜なお母さんの寝室から「アッー!」だとか「ウゥーッ!」だとかいう、圧し殺した声が聞こえてくるようになったのだ。どうやら、いやらしいことをしているらしい。これはたまらない。
実母の喘ぎ声を聞いて気分が悪くならない娘がいるだろうか? もしいたら、是非とも私に連絡してほしい。「図太い・オブ・ザ・イヤー」を進呈するから。
――それはともかくとして。
そんなこんなで、温かい我が家は今や針のむしろになっていた。お母さんとの会話も極めて事務的なものになっていて、無味乾燥だ。
それなのに、元凶であるあの男――賢哉はヘラヘラしているものだから、私の怒りは最早限界に達していた。
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