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「おかえり弥生ちゃん」
「――げっ」
帰宅すると、賢哉が家にいた。
何の仕事かは知らないけれど、この男も一応は働いているはずで、いつもなら夜遅くに帰って来るのに。今日はやたらと帰りが早かったらしい。
「気持ちは分かるけど、そんな嫌な顔しないでくれよ。……今朝も言ったけど、話しておきたいことがあるんだ。着替えてからでいいから、付き合ってくれないか?」
「……それ、母が帰って来てからでもいいですか?」
「いや、卯月には聞かせられないんだ。弥生ちゃんと二人きりで話したい」
言いながら、こちらへズイッと近寄ってくる賢哉。――思わず背筋に寒気が走る。
気付けば私は、カバンからスマホを取り出して「SOSアプリ」の画面を賢哉に突き付けていた。
「こ、来ないでください! それ以上近付けば、これ押しますよ! 大きい音鳴ってお巡りさんとか私の友達とか呼び出しますから!」
「ちょっ……!?」
我ながらテンパっていて言葉足らずだったけれども、賢哉には十分伝わったらしい。眼を真ん丸にして驚いた顔をしていて、私は非常時にもかかわらず「あ、こいういうのを『鳩が豆鉄砲くらった顔』って言うのか」等と思った。
「あの、そういうんじゃなくて、俺は――」
「だから! それ以上、近寄らないでください!」
それでもなお私に近寄ろうとする賢哉。
私はスマホを持ったままじりじりと玄関の方へ向けて後退する。いざとなったら、「SOSアプリ」のボタンを押した瞬間に玄関から逃げ出して外へ助けを求めに行くつもりだった。
――その時、私の背後で玄関のドアが開く音がした。
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